第十四章 満ちる月
──夜の底。
魔界の迎賓館の高窓から、冷たい月の光が差し込んでいた。
その光の中に、白磁のような肌が浮かび上がる。
窓辺に立つ龍王・源龍 月麗は、長い髪を肩から流しながら、
ふっとひとつ、ため息をついた。
「……やっと見つけたのになあ」
その声は誰に向けたわけでもない。
ただ、ひとりごとのように静かに漏れた。
「やっと、見つけたんだよ? 私の“番”だと思える子を」
月麗の目は、窓の外の月を映して淡く揺れていた。
月の精霊──そう呼ぶにふさわしい気配が、いまの彼にはあった。
「でも、あの子にはもう“野郎”がふたりもついてるってわけ。どう考えても、運がないな。私」
どこか愉快そうに言いながらも、その目に笑みはなかった。口元だけがやわらかく曲がる。
「お友達から……なんて言ってみたけど。あれは、真っ赤な嘘だ」
本当は、ただ欲しかった。
あの子の、透き通るような声も、指先の熱も、あの曇りない瞳も。
「全部、手に入れてしまいたかった。抱きしめて、離さないで、誰にも触れさせたくなかった」
淡々とした語り口。
けれど、それは凍った水面のような静けさの下に、
煮えたぎる感情を隠している。
「でもあの子、あんな風に笑うんだもの。
あいつらと話してるときの、あの安心した顔……」
月麗は、白い指で自分の胸元をなぞる。
すこしだけ、痛むように──いや、憧れるように。
「……私じゃないんだよなぁ、あの表情」
それが、ひどく悔しい。
けれど、それ以上に、ただ羨ましいと思った。
「私だって、龍王様なんだよ?千年生きてるんだよ?なんで、あの子にだけ、こんなに揺さぶられるんだろ」
手を伸ばせば届きそうで、
でもそれをした瞬間、彼女のすべてが壊れてしまいそうで。
だから言ったのだ。
「友達から」なんて、誤魔化して。
──うばいたい。
壊してでも、私のものにしてしまいたい。
そう思った瞬間、自分のなかの“龍”が、のそりと目を覚ます気がする。
けれど。
「……あの子のそばにいるふたり。あれ、冗談抜きで殺気こわすぎ。あれ以上やると、わりと私でも死ねる」
ユエリーは、ふっと笑った。
けれどその笑みの奥には、焦りと、そして──嫉妬が滲んでいた。
「ねぇ、月。あなたはいつだって静かで優しいけど、
私はいま、どうしようもなく浅ましいよ」
そう言って、月麗はそのまま月の光の中へ身を投げるように、窓辺に腰かけた。
夜はまだ終わらない。
あの子の“選び”が決まるまで、自分のこの熱も終われない。
「──でも、奪える可能性がある限り、私はまだ“お友達”でいてやる。隙を狙うよ。だって、私だもの」
その声には笑みが戻っていた。
けれど、それがどこか寂しげに響いたことを知っているのは、誰より月だけだった。




