魔界探訪記・第二章──知性体との遭遇
歩く森を抜けてさらに半日。
湿った空気の漂う谷間を抜けると、そこはまるで古代の遺跡のような空間だった。
石柱が等間隔に並び、地面には巨大な円状の模様。
その中心には、まるで人のような影がひとつ──いや、影ではない。実体だった。
「……あれ、誰か……?」
あやのが一歩、足を踏み出した瞬間。
──**“キサラギの子か”**
その存在が、直接あやのの脳内に語りかけてきた。
「えっ……今、声が……」
「聞こえた。……テレパシーか?」
梶原が即座に身構え、あやのの前に立つ。
だがその存在──**漆黒のローブをまとい、顔を仮面で覆った“それ”**──は、敵意を示すことなく、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
「……私は“ザイラ”」
声はなく、しかし確かに伝わる。言葉ではない、意味の連なり。
魔界の知性体──言葉ではなく、存在そのものをもって語る者たち。
「わたしは……真木あやの。記録者です」
あやのが名乗ると、ザイラはわずかに首を傾けた。
──記録者……星の記憶を持つもの。なるほど、あの時の光だ
「……え? 星の……?」
ザイラは手を伸ばし、あやのの目をじっと見つめる。
あやのの瞳の奥に宿る、**星眼**を覗き込むように。
「おい、やめろ」
梶原が踏み出そうとした瞬間、ザイラがふわりと後退した。
──害意はない。むしろ、我らは待っていた。長い時の彼方から、星の観測者を。
「……観測者?」
「……記録者って、もしかして魔界では“観測者”とも呼ばれてるの……?」
司郎がぽつりと呟いたその言葉に、ザイラは頷いた。
──我らは“ヨミの民”。姿なき知性体。魔界が形を持つ前から、存在している。
君の記録は、魔界における最後の“正史”となるだろう。
だからこそ、我らは協力を申し出る。君がこの地の真を記そうとするなら。
あやのは、少し戸惑いながらも、強く頷いた。
「……知りたいんです。あなたたちのことも、この世界のことも。ちゃんと、記録して伝えたい」
──では、贈ろう。最初の“知識”を。
ザイラの仮面がふわりと浮かび、空中に一対の光の紋章が浮かび上がる。
それは言葉ではない、概念の種子。
あやのの脳裏に、魔界語の構文が、植物の生態が、精霊の分類が、流れ込んでくる。
「あっ……これ……」
「情報を直接“送って”きてるのか……チートだな、こいつ」
「……チートじゃないですよ司郎さん、文化的伝達です……!」
知識の奔流が止んだとき、ザイラの姿はもう消えていた。
ただ足元の石に、魔界文字でこう刻まれていた。
──**“記録者よ、真を見極めよ。語られぬ歴史に、光を。”**
あやのはゆっくりと、手帳を開き、ペンを走らせた。
「記録者・真木あやの、第一知性体“ヨミの民”ザイラと接触。
魔界における知の根源が、まだどこかで脈打っている──そんな気がする」
彼女の声に、風が頷いたような気がした。




