第五十三章 全部欲しいんです
「──で、あんたはどうなりたいの?」
司郎が急須のふたを片手で押さえながら、茶葉を湯呑に注いだ。
その問いは何気ないようでいて、真っ直ぐにあやのの芯を突いてくる。
あやのは、しばらく考えるように箸を止めた。
そして、ふっと笑って答えた。
「全部!」
「……あら、欲張りさんね?」
司郎の口元がわずかに吊り上がる。
「どうして?」
「……梶くんが言ってくれたんです。**“知識は身を助く”**って」
あやのは、まっすぐ司郎を見つめた。
「確かに、魔法は……私、うまく使えないかもしれない。怖いくらいの力を持ってるだけで、制御もできないし、正直自信なんてない。だけど──」
一度、息を吸う。
言葉にすることで、胸の奥の迷いが形になっていく。
「でも、理論とか、弱点とか、制限とか──知っておくに越したことはないと思うんです。知ってれば、きっと止められる。無駄にしないで済む」
司郎の視線が、やさしくあやのの方へ寄ってきた。
「それに……司郎さんが言ってくれたじゃないですか。
私は、生かす人になればいいって」
あやのは頬を少し染めながら、微笑んだ。
「だから、薬や錬金術や歌──そういう魔法で、誰かを助けたいんです。私にできること、きっとたくさんあるから」
司郎は、お茶をひとくちすすった。
そのまましばらく黙って、湯呑を湯気の中に戻す。
「……あんた、ほんとに欲張りね」
その声には、呆れよりも誇らしさが混じっていた。
「でも、大丈夫です」
あやのはまっすぐな目で言った。
「私は、天才の娘ですから」
その言葉に、司郎はふっと笑った。
「──へえ。誰のこと?」
「もちろん、司郎さんですよ」
「やめなさい。恥ずかしいから」
言葉とは裏腹に、司郎の表情は少しだけ緩んだ。
照れたように視線を逸らすその姿に、あやのはふふっと笑った。
茶の湯気が静かに立ち上り、部屋は柔らかな朝の光に包まれていた。
あやのの「全部」はきっと、遠すぎる目標なんかじゃない。
そう信じられるような、そんな確かな時間だった。




