番外編:記録者、魔法少女になる(※予定)
「ずるいよ、司郎さん……」
ぽつりと呟くあやのの声は、食後のお茶みたいにふわふわしていた。
けれどその語尾には、しっかりと嫉妬と恨みが一匙、混じっていた。
「え、なによ急に」
司郎が振り返ると、あやのは座布団の上でふくれっ面になっていた。
「だって……ひとりだけ魔法を使えるようになっちゃってさ」
湯呑を握ったまま、じとっと司郎をにらむ。
「わたしも魔法、使いたいのに……!」
その瞬間、**梶原國護(=全力で止めたい人代表)**の肩がピクリと揺れた。
なぜなら彼は知っていた。あやのが魔法に憧れていた歴史を。
──結婚前からあやのは言っていた。
「魔界に行ったら魔法の一つや二つ習いたいな」
「魔法少女って名乗っても怒られない歳だし」
「私も魔法でふわーって空飛びたい」
──そして結婚してすぐ。
例の如く魔王玉座の召集、戦乱の火種、記録者任命の強制即日発令。
魔法の“ま”の字も知らないまま、気づけば魔界中枢で資料片手に国際調整する日々。
完全に**ブラック企業型・魔界勤務記録者(役職:名ばかりトップ待遇)**である。
あやのの目に光が宿る。
「わたし、決めた!」
「……あかんやつだ」梶原が小声で言う。
「私、魔法使いたい!! 習う!!!」
「ええ~……」司郎が頭を抱える。
「どうして? わたしも魔法、あんな風に……ほら、シュバッて結界とか、ピカーンって光の剣とか、**グググッ……ドーン!**って魔法陣とか!!」
「擬音しか出てこないのよ……やめなさい、庶民の魔法ファンタジー知識で動くの」
「だってだって、司郎さんはずるいよ、独学で魔法使いになってさ……!!」
「いや、独学というか、ほぼ物理よ」
「でも! 魔法“っぽい”からずるい!!」
そのとき、幸が心配そうに尻尾を揺らしながらあやのの顔をぺろりと舐めた。
「落ち着いて」とでも言いたげだ。
「……ぅうぅ、幸まで味方しないで……」
「梶原、なんか言ってよ……あたし説得しきれないわ」
「無理だ。全力で火に油注ぐような子なんで……」
司郎はため息をついた。
「……じゃあさ、あたしが作った**“訓練用魔法補助装置”**、使ってみる?」
「え!? なにそれ!! 使う!!」
「その代わり……爆発しても知らないわよ?」
「爆発するの!? ……ま、まぁ、でも……覚悟はできてる!」
──こうして、記録者あやのによる、訓練用魔法装置(物理式)第一号試用実験が、庭で密かに行われることになった。
【※後日、魔界各地で観測された“謎の虹色きのこ雲”の出現については、記録者室より公式発表なし】




