番外編:魔法? 冗談じゃないわよ!
「……司郎さん? 魔法……? いつの間に?」
あやのの声が震えていた。
あの司郎正臣が、いま目の前で魔法陣を展開し、空間転位と結界形成を同時に行った。
それは立派な中級以上の魔術行使――にも関わらず。
「え、ちょっと待って……司郎さん、魔法なんか使えたっけ!? だって、電子レンジ爆発させた人よね!?ボタン押しただけで!?」
「うるさいわね」
煙草をくわえながら、司郎が涼しい顔で言い放つ。
「爆発するのは電子レンジの方が悪いのよ。あたしの中にある力を受け止めきれないなんて、軟弱にもほどがあるわ」
「理不尽がすぎるよ!!」
「いい? あたしが魔法を覚えたのは、べつに好奇心とかそういうんじゃないの。……仕方なかったのよ」
あやのが身構える。
──まさか、壮絶な修行とか、命を賭けた秘術の継承とか、そういう感動秘話が!?
「魔法の鍵になる“霊基コード”ってやつが、どうやってもあたしだけ反応しなかったのよね。で、代わりに自前で設計したの」
「え……設計?」
「そう。“魔法に見える物理”を作ったの。建築原理と流体力学、あと魔界の素材でちょちょいと。理屈で詰めれば、だいたいの魔法は再現できるのよ。なんなら、電源もいらないわよ?」
「まさかの設計ベース!? 科学で魔法をねじ伏せたの!? なんて逆方向の天才!?」
「ほんとは魔界に来る前にも試作してたんだけど、試しに東京の公園で発動したら地下鉄の信号系が全部ダウンして、公安に追われたわ。あれは焦った」
「だめな天才だった!!」
「で、魔界じゃ魔力が空気中に濃いでしょ? あたしの“物理式”が自然と魔法扱いになるのよ。そんだけ」
「ぜんぶ理屈なのに結果だけ魔法って、めちゃくちゃややこしいよ!」
「それにしても、ちゃんと“魔法使いの師匠”にもついたわよ? あの人なんて名前だったかしら……ほら、ヒゲでフード被ってて、やたら喋り方が逆な人」
「……え、あの『決して後ろを振り返ってはならぬぞよ、若き魔の徒よ』の人?!」
「そうそう、その人。教わったのは『魔法は心です』ってだけだったけど」
「ぜったい教えてないよそれ……!」
「でもあたし、ちゃんと卒業証書もらったわよ? “不可視学院・特待転移建築魔術課程修了生”って。……横に小さく“形式上”って書いてあったけど」
「形式だけーっ!」
「それで、いまの魔法? あれは“時空を固定するための補強構造体”よ。まあ、見た目はそれっぽくなるように調整したけど」
「だから何を言ってるのかまったく分からないけど……なんか凄いのは分かった……」
「いいのよ、分からなくても。あんたがピンチのときに使えるなら、それで十分」
そう言って司郎は、ふっと笑った。
煙草の煙が夜の空へ消えてゆく。
その背中は、たしかに“魔法使い”ではなかったかもしれない。
でも――
「……ねえ司郎さん」
「なに?」
「その魔法……“父親の魔法”って、名前つけてもいい?」
司郎は少しだけ照れた顔をして、煙を吐いた。
「……バカね、あんた」
でも、返事はもう、それだけで十分だった。




