第四十九章 記録者と建築者、時の外に立つものたち
魔界・霧の回廊。
議会の中心に位置する、**空環の間**は、あらゆる時制が交差し、理と理がぶつかる場として知られていた。
そこに今、あやのと司郎、そして梶原國護が立っていた。
記録者として迎えられたあやのは、すでに信任と影響力を得ていた。
その立場は「魔界統合記録官」、すなわちあらゆる記録を保全し、未来へ繋ぐための中立機関の頂点にある。
しかしこの日、話題の中心は――あやのではなかった。
「建築家・司郎正臣。その魂はすでに“時の理”を超えたものであると聞く」
長老筆頭・燈野房麿が、重々しい声で言った。
「如何なる契約をもって魔界に立つか、我らに示されよ」
司郎は、堂々と一歩前に出る。
真珠色の坊主頭、黒縁眼鏡、漆のように黒いロングコート。
その姿は人間のものとは思えぬ威厳を帯びていた。
「……契約などないわよ。あたしがここに立ってるのは、ただ“あの子のそばにいる”って、それだけよ」
ざわり、と議員たちが動揺する。
「無根拠の滞在など、魔界の理を乱す――」
「うるさいわねぇ」
司郎はバッサリと切って捨てた。
「記録者の育成者として、あんたらに代わって“あの子の地盤”作ってきたのはこのあたし。魂がどこに所属してようが、理がどうだろうが、あたしの存在は事実としてここにある。それで十分でしょ?」
一瞬、議場が静まりかえった。
それから――
「あれを“建築者”と呼ぶべきではないか?」
低く響いた声は、魔界旧王家の末裔・真志根卿だった。
「記録者の力が“継承”ならば、建築者は“創造”の器。対になるべき存在と見なすべきだ」
「時の理から外れし者……人にして人にあらず者よ。そなたに問う。今後、記録者とともに、この魔界の礎を築く覚悟はあるか?」
司郎は、煙草の火を指で潰しながら笑う。
「最初からそのつもりだったわよ。うちの子が泣かずに済むなら、あたしはどこにでも家を建ててやる」
議場に静かなどよめきが走った。
そしてその場で宣言されたのは、以下の通りである。
【魔界公式記録】
真木あやの、魔界統合記録官(記録者)として継続信任。 時の外に立ち、あらゆる記録の保存と公正なる伝達を司る存在。 星眼保持者としての資質も、理に照らして黙認される。
司郎正臣、記録者育成機構主任、および第一級建築者として認定。 魔界における公共構造の創設、時の回廊内建築の権限を持つ。 同時に、記録者の精神安定を補佐する護衛存在として、副契約権を与えられる。
あやのは、議場を出てからもしばらく無言だった。
だが、肩にかけられた司郎の手の重みに、ふと呟く。
「副契約権って……父親代わりの資格証明みたいなもんだよね?」
「そうよ。これで堂々と“うちの子に手ェ出したらぶっ飛ばすわよ”って言えるってわけ」
梶原がため息をつく。
「……つまり俺、いまだに“仮免扱い”ってわけか」
その場に、初めて柔らかな笑いが落ちた。
魔界に、二人の立場が確かに刻まれた日。
それは、真木あやのにとって“もう一つの家”ができた瞬間でもあった。




