第四十二章 記録は語り継がれる為にある
──空座の円庭。
その中央には、かつて王が座した石の玉座があり、
今は誰の手にも渡っていない。
議員たちは円を描くように座し、上段には長老たち、下段には若き議員たちが並ぶ。
その日は特例として、あやのに“記録者としての発言権”が与えられた。
だが、空気は冷たい。
星眼への不信、正体不明の外来者、王の庇護を失った孤独。
すべてが、あやのの背中に重くのしかかる。
司会の鐘が三度鳴る。
「記録者、真木あやの殿。登壇を許す」
あやのは静かに、白の羽織に身を包み、壇に上がる。
その指には、梶原から贈られた指輪が微かに光っていた。
梶原、立野──誰もが沈黙のまま、彼女を見つめている。
「……わたしの名は、真木あやの。星眼を持ち、記録を視、記録を遺す者です」
誰も反応しない。
だが、その静けさの中で、星眼の光が一筋、議場を照らした。
「本日、私がここで語ることは、書物には記されていません。盤にも、記録されていません。けれどこれは、星眼にのみ映る、真実の断片──『語られなければ消える記録』です」
あやのは一度、目を閉じた。
そして──星眼が淡く輝く。
その瞳に浮かび上がるのは、かつて封印された記録。
盤の奥に沈んでいた、王の過去、八重垣の嘆き、そして歪められた正史の断片。
その“視た記憶”を、言葉にして語り始めた。
「……かつて、ここにはもうひとつの記録者がいました。彼女はすべてを記し、すべてを呪い、姿を消しました。けれど今も、彼女の記録が議会の中で、誰かの中で、静かに息をしている」
ざわ……という空気。
数人の議員が目をそらす。
“その記憶”に心当たりがあるのだ。
「記録は盤に刻まれるだけのものではありません。それを視た者が、語り、信じ、未来に繋げる。その瞬間、記録は“現実”になるのです」
あやのの声は澄んでいた。だが、その響きには確かな強さがあった。
「私は星眼を持っています。見たことを、決して忘れません。だから私は、真実を語り続けます。この議場に、未来のために、正しき記録を選び取ってほしい」
──しん、とした沈黙。
だが、ひとりの長老が静かに立ち上がる。
「記録者の娘よ。
そなたが語った記録、そなたの星眼が視たもの──それに偽りはないのか?」
あやのは、迷いなく答えた。
「偽りなら、私はここに立っていません」
そのとき──盤が一瞬、反応した。
虚構の影が議場に差しかける。
記録が“語られること”によって、盤が応答したのだ。
記録とは、“読むもの”ではなく、“語られるべきもの”であると。
それを視た者たちの中で、最も強く反応したのは──立野腕だった。
「……この者こそ、記録の正しき継承者だ」
彼が膝をつき、剣を床に捧げる。
「我が剣は、この記録者のためにのみ振るわれる」
梶原もまた、壇下から立ち上がる。
「星眼が視たものを、俺が守る。
誰が否定しようと、この女が“真実を語る者”であることに、間違いはない」
少しずつ、議場にいる者たちの顔色が変わっていく。
沈黙が、賛意の空気に変わりはじめる。
そして──
古老のひとりが、静かに言った。
「では、問おう。
この者に、“記録の座”を継がせるか否か。
議決を、次回定例会にて執り行うものとする」
あやのは、小さく頷いた。
静かに、誓うように。
「私が記録したいのは、希望の歴史です」
その声が、盤に響き、未来に刻まれた。




