第四十一章 議場の影
夜の議会塔。
石造りの廊下に足音を響かせながら、立野腕は静かに歩を進めていた。
かつて王直属の護衛隊を率いた男。
その背は広く、髷をきっちりと結い、鋼のような視線を持つ。
政より剣。
それが彼の矜持だった。
だがいま──
剣では断ち切れぬ、“歪み”が議会に忍び込んでいる。
「……偽史の侵食は、盤だけにとどまらない。
“記録を読んだ者”の認識までもが、すでに操作されている……」
政庁の裏にある閲覧室。
そこには、議会に提出された“記録抄”が保管されていた。
立野は、かつて王が自ら記した原盤と、現在議員たちに配布されている写しを照らし合わせていた。
一行だけ──
決定的に異なる文言がある。
「記録者の権限は“記録にとどまり”、政には干渉せず」
これは原盤にはなかった一文。
それが、現議会で“あやのの権限”を制限するための根拠とされている。
「……意図的に書き加えられている。
そして、誰もその改竄に気づかない。
なぜなら、“記録がそうなっている”と、誰もが信じているからだ」
それはまるで、最初から偽史を信じるように仕組まれていた罠だった。
「議会そのものを、“偽史に基づいた判断機関”に変えようとしている」
──そこが狙いだったのだ。
盤の改竄だけでは、正史は奪えない。
だが、盤を“信じる者たち”が歪められれば、
この世界の“未来の決定権”すら奪える。
「……星眼の娘だけでは、護れまい。
ならば、この立野腕が、その剣で盤を守る」
その頃、議会内では一部の議員たちが“記録の封鎖”を主張しはじめていた。
「盤の解釈はあやふやであり、国政の混乱を招く」
「記録者は王権の代替にはなり得ぬ」
「そもそも星眼の出自が曖昧だ」
それらは一見もっともらしい議論だったが──
その根底には、**八重垣の“影の記録”**がこっそりと植えつけた認識があった。
立野は静かに、議会の席に姿を現す。
「問う。お前たちは、いつから“その文言”を正史と信じるようになった?」
誰も答えられない。
なぜなら、彼らもまた“知らぬ間に記録を信じ込まされていた”から。
立野の剣が、議場の机の上に鋭く響く。
「我が名は立野腕。
前王に剣を捧げた近衛筆頭。
そして今──記録者の盾となる者なり」
その夜、立野はあやののもとへ報告に向かった。
「──記録が、議会そのものを操っている。
今この瞬間も、“虚構を現実にする投票”が進行している。盤を凍結しただけでは、足りなかったようだな」
あやのはうなずいた。
「なら、私も……議会に出よう。
記録者として、“言葉で”語る。
それが……わたしの盾であるあなたへの、返礼だから」
二人のまなざしが、夜の先にある“真実の場”を見つめていた──




