表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
289/508

第四十章 凍結の刻

──盤の間が揺れていた。


記録の盤に刻まれていた正史の一部が、

“黒い記録”にじわじわと染まり始めていた。


「これは……八重垣さんが言ってた“歪み”」


星眼を通せばわかる。

この記録は、実際には起こらなかった出来事──


魔界王の暴政、近衛の粛清、梶原によるクーデター。

どれも、真実にはなり得なかった幻。


けれど、そこに“あったことにされた記録”が、刻み込まれつつあった。


「このままじゃ、盤そのものが偽史に“上書き”される……!」


あやのは静かに、袖からあの“鍵”を取り出した。


八重垣の虚構の記録界で渡された、

漆黒の欠片──それは記録の外殻に干渉する、唯一の中和装置だった。


 


「……記録は壊せない。でも、“侵食”は止められる」


星眼が淡く輝き、鍵が盤に反応する。


まるで音を立てるように、盤の表面に“凍結の文様”が浮かび上がった。


 


その中心に、あやのが静かに語りかける。


「……これは偽り。正史にあらず。

我が眼、我が声、我が記憶において、これを封ず」


 


次の瞬間──


盤から“黒い記録”が浮き上がった。

触れる者が見れば錯乱するような、ねじれた言葉、歪んだ出来事。


だがあやのは、それを見つめ、微笑んだ。


「ありがとう。あなたたちも、“見られたかった”んだよね。でも……もう、ここにはいられない」


小さく、“氷の鈴”のような音が鳴る。


八重垣の鍵が回転し、盤の上に走る文様が氷結しはじめる。


黒い記録は、声もなく凍り、盤の中に封じ込められた。


“永久に開かぬ扉”として。


──静寂。


あやのは額の汗を拭い、息をついた。


盤は静かに、もとの正史へと姿を戻していた。

だが、その片隅には、今しがた封じた“偽史の氷印”が淡く光っていた。


それは、記録者が“記さない選択をした”という、もうひとつの記録だった。


背後に、梶原がゆっくりと現れる。


「……やったのか」


あやのはうなずき、手のひらをそっと見せた。


そこには、ほんの小さな傷──

“鍵を使った者の代償”としての刻印が残っていた。


「少し、冷たいね。あの記録たち……誰にも知られずに消えるのは、寂しいだろうな」


梶原は、そんなあやのを黙って抱きしめた。


「お前は、ちゃんと“見て”やったんだ。だから、あいつらもきっと安らぐ」


 


星眼が、再び淡く光った。


それは「正しい記録を守った」という、静かな証明だった──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ