第三十八章 偽史に記された名
あやのは、盤の間で記録の異常を調べる中で──
不自然に**“切り取られた記録の痕跡”**が、ある名前を指していることに気づいた。
「……“八重垣”……?」
小さく、しかし何度も現れる断片。
文献の中には一切その名はない。
だが盤にだけ、“その存在がいた痕跡”が焼きついていた。
記され、そして消された名前──
「星眼を持つ者……“記録者の前身”だと、盤が言ってる」
梶原と共に、記録庫の最下層へと降りたあやのは、
王の生前には封印されていた“未解読の石板”を見つけた。
それは通常の視覚には認識できず、あやのの星眼にだけ反応した。
石板に触れた瞬間──
幻視が走る。
白装束の少女。
その眼は、まさしく星眼だった。だが、あやのと違い、どこか虚ろで、冷たい。
「……八重垣……!」
その姿は、今のあやのにそっくりで、
まるで“もう一人のあやの”のようでもあった。
少女は記録の盤の前に立ち、こう呟く。
「見ることは、呪い。記すことは、絶望。
だから私は、“誰にも知られぬ記録”として、生きよう」
彼女は、自らの記録を封印し、姿を消した。
だが盤は、彼女の意志を忘れてはいなかった。
──あやのが星眼で記録を始めた瞬間、
その“記録の痕跡”が、八重垣の封印を揺るがせてしまったのだ。
「偽史の記録者……それが、八重垣」
あやのは呟いた。
「私と同じ力を持ち、かつて“正史”を拒絶して姿を消した記録者。
自分だけの記録を残すために、“この世界を塗り替えようとしてる”……」
梶原が眉をひそめる。
「それじゃ、黒い盤は“八重垣の記録”か」
「ええ。でも……彼女はただ歪んだわけじゃない。
たぶん、誰よりも“記録者であること”に苦しんだ人だと思う」
あやのは静かに、星眼の封印を一部だけ解いた。
すると、盤の奥から、うっすらと“黒い指先”が現れた。
盤の鏡面に映る、それは“八重垣の手”。
記録の奥底──別の盤の裏側から、彼女がこちらを見ていた。
「星眼の娘よ。あなたは、また“同じこと”を繰り返すつもりなの?」
その声は、あやのの耳にだけ届いた。
「記録は、いずれ世界を壊す。私は、それを視てしまった」
その夜、あやのは夢の中で“封印された記録の門”を見る。
そしてその向こうに、八重垣の記録が、黒い花のように咲き乱れていた──




