表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
286/508

第三十七章 記されざる正史

夜。

盤のばんのまは静まり返り、蝋燭の火が淡く揺れていた。

あやのはひとり、記録の盤の前に座していた。


星眼は光を蓄え、深く静かに澄んでいた。


「……“見えない”のではない。

“見えないようにされている”──そう、感じるの」


その瞬間、盤の縁から淡く光が漏れた。

光は言葉ではなく、“記憶”そのものだった。


触れた瞬間、あやのの視界が裏返る。

空間が沈み、記録の奥へと引きずり込まれる。


──そこは、まるで息を止めたような世界だった。


音がない。

色がない。

空も地も、ただひとつの“記憶の核”へと向かって螺旋のように落ちていく。


星眼の奥底に、古い、あまりにも古い記録が揺れていた。


──最初の記録者。

名も姿も、誰にも知られていない存在。


その者が見た“世界の創世”、そして“記録者の呪い”。


あやのの眼に映る。


燃えさかる空。

黒い大地。

その上で、何かを記す者の姿。

手には盤でも筆でもない──“目”だった。


“見ること”それ自体が、記録だった。


 


あやのの体に熱が走る。

星眼が共鳴し、焼けつくような幻視が脳を駆け巡る。


見えてはいけないものを、見ている感覚。

その奥で、声がした。


「記録する者は、全ての因果を記す。

だが、それは時に“世界の敵”となる」


場面が変わる。

古代の魔界。

かつて、記録者が“未来を予言しすぎた”がゆえに──国が滅びた。


人々が記録者を恐れ、忌み嫌い、最後は自らの記録ごと封印された過去。


そこにあるのは、“忘れられた正史”。

歴史の空白。

誰かが意図的に、盤から削り取った記録。


あやのは理解する。


「……この部分を、星眼で視てしまった私に……偽史の盤が反応してる。だから、“消そう”としてるんだ。正史を……記録者ごと」


目を開ける。

蝋燭の灯は消えていた。

あやのの手は盤の上にあり、額から汗が滴る。


 


「……これが、“あの人”が遺した本当の使命だったんだ」


かつて王が語った“記録を渡す者は、未来の敵にもなる”という言葉が甦る。


星眼が見た真実は、「ただ歴史を知る」ことではなく──

“歴史を蘇らせる”ことそのもの。


 


梶原が部屋に入ってくる。


「どうした、顔が真っ青だ」


あやのは、ゆっくりと顔を上げて言った。


「……私、視えてしまった。

この世界に、“二つの過去”があるって」


梶原が目を細めた。


「二つ?」


「“記された過去”と、“記されなかった過去”。

後者は、星眼にしか見えない。

そして偽史の盤は、それを完全に抹消しようとしている……!」


 

あやのの手のひらに、黒い焼け痕のような痕跡が残っていた。

記録の最深部に触れた証。

それは、もう引き返せない領域に踏み込んだことを示していた──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ