第三十四章 決着の剣
闇に満ちた裏庭。
鋼の閃きが交わるたび、火花が夜気を裂いた。
刃と刃。
鬼と鬼。
かつて同じ陣を駆けた者たちが、いまは互いの信念を賭けて立っていた。
「……その剣筋、鈍ったな、梶原」
「いや、俺は変わった。護る者がいる剣は──強くなる」
そう言い放つ梶原の動きに、かつてのような鋭さはなかった。
だが、代わりに一撃一撃に、凄まじい“重み”があった。
「俺が守るのは、あやのだけじゃない。あの子が記す“未来”そのものだ。誰にも、踏みにじらせない」
黒篠は舌打ちした。
「お前も、変わったな」
だがその眼に、ほんのわずかに翳りが見える。
梶原の剣が、黒篠の右肩を裂いた。
黒篠は膝をつく。
それでもなお、諦めぬ気配を纏って──
「まだ終わってない……!」
そう叫んで立ち上がろうとしたその時だった。
「……もういい」
そう言ったのは、梶原ではなかった。
背後から歩み寄る、静かな足音。
――真木あやのだった。
「それ以上、未来を壊さないで」
その声には、剣を持たぬ者の威厳が宿っていた。
星眼が、夜の中で微かに光っている。
「黒篠さん、あなたの“怒り”も、“正義”も、否定はしない。でも、あれからずっと、誰も救われてない。怒りは燃えるけど、何も築けない」
黒篠の肩が、ほんのわずかに震える。
「俺は……ただ……!」
あやのはその前に立った。
「だったら、私に預けて。“記録”して、未来に遺す。
あなたが守ろうとしたものが、無駄じゃなかったってことを──」
梶原が、静かに剣を収めた。
黒篠もまた、剣を地に落とした。
その音が、決着の鐘となった。
夜が明けかけていた。
黒篠は、何も言わずに立ち去った。
背中に、敗北でも悔恨でもない、どこか静かな“空白”を背負って。
「ありがとう、あやの」
梶原が言った。
その声は、どこか安堵に満ちていた。
「……俺ひとりじゃ、終わらせられなかった」
「ううん。……私だって、ひとりだったら言えなかった」
肩を並べる二人の間に、静かな朝風が吹いた。
こうしてまた、ひとつの“戦”が、記録の外で終わった。
だがその陰には、まだ黒い影が残っていた。
黒篠を動かしていたのは、ただの怒りだけではない。
誰かが、あやのを狙い、動かしていたのだ──




