回想:剣は、何を守るか
かつて。
魔界西域──重く険しい山岳地帯に、二人の鬼の将がいた。
ひとりは、梶原 國護。
ひとりは、黒篠 薙。
どちらも“将家”の血を引き、同じ主に仕えて育った。
共に鍛錬し、共に戦場に立ち、背を預けた日々は長い。
主君は穏やかで博識な人物であり、
戦よりも“守り”を重んじた。
「剣は、民の暮らしを乱すためにあるのではない。
守るために抜かれよ。そうでなければ、ただの野獣だ」
それは、梶原の中に深く刻まれた教えだった。
だが、黒篠は違った。
「力を持つ者が、なぜ矛を置く?それで守れなかったものはどうする?力があるなら、それを振るわねば意味がない」
同じ剣を振るっていながら、考えは次第にすれ違っていった。
ある年。
西域に外敵が迫り、城下に乱入した魔獣が民を襲ったときのことだった。
梶原は主命に従い、城を固めて迎撃に備えた。
だが黒篠は──主命を無視して出陣し、討伐に向かった。
確かに、敵は潰えた。
だがそれは、独断専行。
しかも、討伐のために周辺の村々を“囮”として犠牲にしていた。
主君は怒り、黒篠を咎めた。
「剣は、守るべきを見誤れば、ただの災いだ」
だが黒篠は頭を垂れなかった。
「結果、敵は倒れた。被害も最小限。それを咎めるなら──お前こそ、民を“見殺しに”したのではないか」
そして黒篠は立ち去った。
主を、家を、そして梶原をも裏切って。
――あの夜。
黒篠の背を、梶原は追えなかった。
追えば、きっとその場で殺し合いになった。
それほどに、互いの信念は真逆になっていた。
「……お前が間違ってるとは言わない。
けれど、俺はそっちの道は選べない。俺は、“命を預けられる剣”でありたい」
そう、呟いた梶原の顔を、あのときの月明かりが淡く照らしていた。
──現代。
刃を交えながら、黒篠が言った。
「……あの主君も、もういない。家も焼かれ、過去も霧の中だ。それでも、お前は“あの頃のまま”でいられるのか?」
「違う」
梶原は言い放った。
「俺は“あの頃のまま”ではない。けどな、あの頃の“誓い”だけは、まだ錆びていない」
そしてもうひとつ。
この胸に、新しい誓いがある──
“記録者・真木あやの”を、絶対に守るという誓いだ。




