表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
275/508

第二十七章 鬼の将、再び立つ

王の退位儀式を七日後に控えた魔界は、

水面下でざわめきを増していた。


あやののもとには連日、「記録者としての正統性」を問う文が届く。

“異種であること”や、“王の私情が過ぎる”という陰口が、

魔界の貴族や古家筋の間で噂となり始めていた。


 


ある日、ついに──

あやのに“呼び出し”が届く。


魔界の政庁「黒門会議」。

それは、王の名代を代々補佐してきた家筋と重臣たちによる、事実上の評議機関だった。


名目は「記録者との面談」。

だが、実質は――**査問(問いただし)**だった。


 


当日。

会議の場にあやのが現れると、誰もがその背後にいた男の存在に息をのんだ。


梶原國護。

長く表舞台から姿を消していた“魔界鬼族の元将軍”にして、王に次ぐ武家の家筋を持つ一族の直系。


その名は、かつて戦乱の時代に雷のように鳴り響いた。


 


その男が、あやのの隣に立ったのだ。


無言で、しかし揺るがぬ気配をまとって。


 


「これは……梶原家の……?」


「そうだ」


梶原は口を開いた。

その声は低く、よく通った。


「俺は、梶原國護。魔界西域の将家を継ぎし者。そして、真木あやのの夫にして、盾でもある」


ざわり、と空気が動いた。


「人間の娘を王の記録者に据えるなど、いかに王命であれ慎重を欠く」


そう言ったのは、老齢の顧問鬼族。

苔むした外套を纏い、目だけが鋭かった。


梶原は一歩前へ出る。


「慎重を欠くはそちらだ。星眼の力も、その器も知らぬ者が口を出すべきではない。この者は記録者として選ばれたのではない。“選ばれるだけの生を歩んだ”のだ」


 


会議場が一瞬静まり返る。

その沈黙を破ったのは、若い武家の末裔だった。


「だが、お前は現役を退いた身。今なお、魔界の盾を名乗る資格があるのか?」


 


梶原は言った。


「資格は……ある。俺は退いたのではない。

あやのを守るため、前線から姿を消しただけだ。

……この者に害を成すすべてに、俺は再び“将”として立つ」


 


あやのは横で見守っていた。

その背を向けて、自分の名を守る姿に、

胸の奥がじんと熱くなる。


──誰よりも静かで、誰よりも強い人。


 


「どうして、そこまでできるの?」


重ねて問われたとき、梶原は振り返らずに言った。


「……俺の“主”だからだ。この者は、俺の命に代えても守るべき者。それが“夫”であり、“将”の本分だ」


 


その一言が、魔界の空気を揺らした。


やがて、老顧問がぽつりと呟いた。


「……梶原家がそこまで申すのなら、記録者殿に一任するのが王命に背かぬ道だろう」


そして、誰もそれを否定しなかった。


 


その日の会議は、終始静かに、だが確かに“空気”を変えた。


梶原の存在が、記録者・あやのの立場を公に補強し、

玉座を巡る雑音のいくつかを、静かに封じ込めたのだった。


 


あやのは、会議の帰り道。

誰もいない通路で、そっと梶原の手を取った。


「ありがとう。……とても、嬉しかった。守ってくれて」


梶原は、それにただ一言だけ返した。


「俺の仕事だ」


けれどその声は、どこまでも優しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ