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星眼の魔女  作者: しろ
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第二十六章 玉座に降る風

魔界の中心──【深殿しんでん】。

王しか立ち入ることの許されない聖域の封印が、ついに解かれた。


そこは、魔界建国以来「唯一、王が玉座から降りるとき」にだけ用いられる空間。選定も戴冠も、すべてがこの場所で行われてきた。


けれど今回は違う。

王は後継を立てるのではなく、“王座そのものを空に戻す”という、かつて誰も行わなかった選択をしようとしていた。


 


白い衣をまとった巫女たちが、儀式のを描く。古代語の文様が床に刻まれ、王が手ずから封印した〈継承の盤〉がゆっくりと姿を現した。


それは“記憶”を受け渡すための器だった。


 


王は静かに命じる。


「記録の継承者、真木あやのを此処へ──我が最後の証人として、立ち会わせよ」


 


……


その頃、あやのは王宮の回廊を歩いていた。

手には、王から託された記録の一部が収められた巻子。その筆跡の一画一画に、王の思考と願いがにじんでいる。


傍らを歩く梶原が言った。


「いよいよだな……あの人は、本当に王座を降りる気だ」


「……うん。でも、不思議と怖くはないよ。むしろ、すべてが“正しい場所”に向かってる気がするの」


あやのは立ち止まり、そっと空を見上げた。空は、黒く広がっていたが、なぜか澄んでいた。


 


回廊の角に、ひとりの魔族官吏が姿を現した。


「記録継承者殿。王より、儀式の場への御召しがございます」


「分かりました。すぐに向かいます」


あやのは深く礼をして答えた。


梶原は何も言わず、彼女の肩をひとつ軽く叩く。


「俺は控えの間で待ってる。終わったら、迎えに行く」


あやのは、そっと笑ってうなずいた。


 


……


深殿へと至る道は、静謐だった。

あらゆる音が遠のき、心音だけが身体に響くようだった。


あやのが踏み入れた瞬間、

王は中央に立っていた。


その背には、長年守り続けた玉座。

けれど王はもう、そこに腰を下ろすことはなかった。


 


「あやのよ。来てくれたか」


「はい」


王は、両手で〈継承の盤〉を抱え、それをあやのの前に差し出した。


「これは、我が王権の象徴ではない。千年の間に集まった“記憶”そのもの。……私が守ってきた魔界の重さ、すべてだ」


 


あやのは、静かに膝をついた。

星眼が、ごくかすかに光を帯びて揺れる。


「それを、受け取ります。記録者として。……人間であっても、魔界を想う者として」


 


王は目を閉じた。

重ねた手に、長く沈黙が落ちた。


やがてその手が、あやのの掌に記憶の盤を託す。


「これを持って、儀式の刻を待て。正式な宣言は、七日後。その日、私は王座から立ち去る」


 


風が、深殿の高天から吹いた。

その風は、どこか安堵にも似た空気を運んできた。


まるで魔界そのものが──

主の決意を受け入れたかのように。


 


しかしその影で、蠢く者たちがいた。

王が退けば、空席となる玉座を狙う者たち。


「王が自ら退くなど、前例にも誇りにも反する」

「記録を人の女に託すとは何事か」

「我らが魔界の核を他者に委ねる気か」


 


深殿の外では、既に密かな策謀が形を取りつつあった。


あやのはまだ、その風の匂いを知らない。


だが彼女が「記録者」としての責務を果たす時、新たな時代が動き出す。


玉座は空になる──

けれど、“記憶”は残るのだ。

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