表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
268/508

第二十章 星が見たもの

石板は、ずっとあやのの傍らに置かれていた。

黒い封印布に包まれ、たったひとつの机の上に、慎ましく。


開こうともしていない。

読む術も、まだ持たぬはずだった。


けれど──


(……また、夢の中で……)


眠りの底で、あやのは見る。


いつかの夜。星のない夜。

闇も、火も、まだ世界に名を持たなかった時代。


そこに、何かが“誕生した”。


それは命でも、概念でもなく、ただ“視るための眼”だった。


虚空にぽつりと浮かぶ、一対の瞳。

すべての始まりを“見る”ためだけに生まれた、原初の眼。


──そして、見てしまった。


世界が割れ、火が生まれ、水が嘆き、風が叫び、ひとつの孤独な神がそれらを編んで「存在」と名付けたことを。


神は、言葉を持たなかった。

ただ、繰り返した。


「あるがままにあれ」


 


その光景が、幾重にも重なりながら、あやのの目の奥に“刻まれていく”。


まるで、自分自身が見ていたように。

まるで、かつてそれを“視た者”の記憶そのものが、今なお宿っているかのように。


 


──目が覚めたとき、あやのは呼吸を忘れていた。


額には汗。手は冷たく。

けれど胸の内には、妙な静けさがあった。


「……これは、夢じゃない」


確信があった。

あの石板には、“視せる力”があるのではない。

あやの自身の“眼”が、記録を探し出し、引き出し、再生しているのだ。


「封印……本当に、少しずつ解けてる……」


あやのの瞳は藍に澄み、その奥に微かに金の光輪が揺れていた。


 


その日から、夜ごと“視る”夢が変わりはじめた。


・かつて“音”が言葉になる前、初めての旋律を編んだ鬼の記録

・人と鬼の境がまだ曖昧だった時代、契りを交わしたある男女の記憶

・“お正月様”と呼ばれる、神とも獣ともつかぬ存在が、誰かを抱いて現れた光景


視るたびに、あやのの心には痛みとともに静けさが降る。それはどこまでも“個人の記憶”ではない。

**魔界という世界が、あやのという器に“自らを語り始めている”**のだった。


 


ある夜、そっとあやのの額を撫でながら、梶原が言った。


「……最近、夢で泣いてることがある。自分では気づいてないかもしれんが」


あやのは微笑んで首を振る。


「ううん、気づいてる。泣きたくなるほど、美しい記憶を視るの。……それが誰のものかも、もう分からないくらいに」


「怖くはないか」


「うん。だって、これが“あの人の頼み”だったから。

そして……わたし自身の眼でもあるから」


 


星眼の記憶は、容赦なく積み重なっていく。

けれどあやのは、それを呪わなかった。


むしろ、誰かが見捨ててしまった記憶を、自分だけでも抱きとめていたかった。


それがいつか、世界の形になるかもしれないと、そう信じて。


 


──あやのの“星眼”は、ゆっくりと、しかし確実に覚醒し始めていた。


そして次に視る記憶は、

「魔界王自身が、封印した最後の記憶」。


それは、あやのにすらまだ近づけない、“禁忌の扉”だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ