番外編:「こっそり覗くな、司郎と梶原」
出るビル3階。あやのとヘイリーのガールズトークが白熱していた、ちょうどその頃。
──その天井裏。
木造の梁の上を、
忍び足(というか“匍匐前進”)で這っているふたりの影があった。
1人は、司郎正臣(坊主・黒縁眼鏡・生涯現役建築家・おかま)。
もう1人は、梶原國護(元鬼の里の職人・筋肉・口数少ない・あやの溺愛)。
天井裏、異様な緊張感。
◆ 事の発端
ことの発端は、1時間前。
司郎「ねぇ梶……今夜、女子ふたりきりよ」
梶原「……だから、なんだ」
司郎「こういうときって、なんか**女子特有の“相談”**とかあるのよ。たとえば──“恋バナ”とか、“身体のこと”とか!」
梶原「……知る必要はない」
司郎「バーカ。知ってなきゃ“守れない”のよ!!
“父”も“男”も、“護衛”も、知識武装が命なのよ!!」
梶原(……うるさいが、正論)
司郎「でしょ!?じゃあ行くわよ。天井裏経由で!」
梶原「お前……最初から決めてたな?」
司郎「当然よ。アタシ、床下も梁も全部設計してるからね。覗きルート、完璧よ!」
◆ 覗きタイム、開始
天井裏に仕込まれた換気口の隙間から、司郎がそっと下を覗く。
「……見て、あやのが笑ってる。めっちゃいい顔してるじゃないの……もう宝石じゃない……」
梶原「(小声)……ヘイリー、飲ませすぎだ。あれはワインじゃなくて“煮た情熱”だ」
司郎「ヘイリーはね、酔っても“勢いと真理”しか言わないから質が悪いのよ……でも正しい……ぐぬぬ」
──そのとき、あやのの声がふわっと。
「……わたし、“変わってきてる”の、わかるの」
司郎&梶原
「……身体も、気持ちも、前より“女の子”になってる気がする」
司郎「きたわね……核心!」
梶原「……(言葉がない)」
司郎「どうする!?このまま“本格的に女性としての人生”を歩み始めたら、
あの子の周囲がどんどん変わるのよ!?アンタの立場も変わるのよ!?“鬼の婿”にクラスチェンジよ!?」
梶原「……そうなったら、正式に迎えるだけだ」
司郎(目を細めて)
「アンタさ、ほんとずるいのよね。そういうとき、言葉が重いのよ……」
梶原「……司郎。音、聴こえるか?」
司郎「……ハミング?」
換気口の向こう、あやのがふと口ずさんだ短い旋律。
それは、明らかに“誰かに届くことを前提にしていない”音だった。
無意識、でも澄んでいる。
まるで、芽吹きかけた春の匂いのような──
司郎「……あー、もうダメ。アタシ、泣く」
梶原「……犬がこっち見てる」
幸「ワン」(←完全に気づいている)
◆ バレる
数分後──
ヘイリー「……あやの、なんか音しない?」
あやの「天井から、きしむ音が……?」
そのとき!
ドンッ!
梁がミシッと鳴り──
司郎「やっべ!!」(←うっかり脚を滑らせた)
ヘイリー「──お前ら見てたなッッ!!」
天井をぶち破って出てきた司郎&
慌てて引き上げる梶原(顔だけ冷静)
ヘイリー、ワイン瓶を持って仁王立ち。
「この変態設計師とストーカー大工がぁぁぁッ!!!」
司郎「誤解よ!愛ゆえの情報収集よ!!」
梶原「……壊しては、いない」
あやの「……わたし、そんなに心配?」
ふたり、ピタッと止まる。
司郎「……心配じゃないとでも言うの?」
梶原「……ただ、そばにいたかった」
あやの、ちょっとだけ笑う。
「じゃあ、今度はちゃんと下から聞いててね」
幸「ワン!」
出るビル、今夜も平和。
建築事務所の屋根裏には、
女たちの静かな声と、男たちのドタバタと、
犬の監視までもが混在していた。
──それもまた、“生きる建築”の日常である。




