番外編:「ねえ、あやの──好きって、どんな感じ?」
出るビル・3階。キッチンの奥にある、通称「女子部屋」。
今日は珍しく、司郎も梶原も吉田も不在。
地縛霊たちも今夜は自粛モードで、静か。
キッチンのカウンターに、赤ワインとラテン風おつまみ。
あやのとヘイリーが、椅子をくるりと回しながら並んで座っていた。
足元には幸が、ちゃっかりクッションの上で丸くなっている。
◆ 開幕・乙女の夜のはじまり
ヘイリーがグラスを掲げて笑う。
「じゃ、今日こそゆっくり飲み明かしましょ〜、女子ふたりの夜よ!」
あやのは小さく笑いながら、リンゴジュースのグラスを合わせる。
「……うん。でも、あんまり夜更かしすると太郎くんに怒られるかも」
「いいのいいの。あの子、もう寝てるって。
っていうか太郎くん、たまに“おばあちゃんみたいな口ぶり”しない?」
「する(笑)」
「ね〜!やっぱり? あれたぶん、長生きしてる霊だからだよ。年季が違うのよ」
◆ トークテーマ①:恋について
ヘイリーがふいに真剣な顔になる。
「ねえ、あやの。アンタさ……梶くんのこと、どう思ってるの?」
あやの、ワインを口にしていたヘイリーの動きに合わせて、ちょっとだけ黙る。
「……うーん。大事な人、かな」
「“かな”って、曖昧よ!」
「ううん、ほんとは、すごく大事。
でも、どこまでが“恋”なのか、よくわかんないの。
梶くんは、わたしのために何でもしてくれて……でも、わたし……」
「……自分が変わっていってるの、わかる?」
あやのは、胸のあたりをそっと押さえて、小さくうなずく。
「うん。身体も、気持ちも、前より“女の子”になってる気がする。
風の音とか、空の色とか……もっと近くに感じるようになった」
「それ、恋よ」
「そうなの……かな……」
「うん、絶対そう。
アンタの目ってさ、昔より“ほどけてる”もん。
恋ってね、縛るんじゃなくて“ほどく”のよ。心も、身体も」
◆ トークテーマ②:身体の話
あやのが少し恥ずかしそうに言う。
「ねえ、ヘイリー……女の子って、いつ“ちゃんと女の子”になるの?」
「え〜、もうなってるわよ、アンタ。
髪も肌も、言葉も……見てるこっちがドキッとするくらいだもん」
「でも、わたし、“生まれたときの性”が曖昧で……
体の変化とか、自分でもよくわからないことが多くて……」
「うん、でもね。
“女”って、形だけじゃないよ。
心が鳴って、声が響いて、それに誰かが耳を傾けるとき──
そこに“女”が生まれるの。だから大丈夫。アンタはもう、ちゃんと“ひとりの女性”」
あやのは、ぽつりと言う。
「……うれしい。でもちょっと、怖い。
わたしが変わって、誰かが離れていっちゃったらって……」
ヘイリーが、あやのの手をとってぎゅっと握る。
「変わることを怖がるんじゃなくて、
“見届けてくれる人”を、大事にするのよ。
アンタのそばには、梶くんも司郎さんも、幸ちゃんも、そして──あたしもいる!」
幸「わん!」
◆ トークテーマ③:未来の話
「じゃあさ、あやの。10年後、何してると思う?」
「うーん……いろんな街を歩いてる気がする。
風を聴いて、沈黙を探して、ハミングして……」
「ふふっ、詩人か!でも似合ってるわ。
あたしはね、世界中でラテン楽器のワークショップやって、
夜には“アヤノ・レシピ”の料理教室開いてる気がする!」
「……それ、わたしのごはんで集客してるだけじゃない?」
「違う違う!ビジネスパートナーよ〜ん♡」
「ふふっ、じゃあ、そのときも一緒に旅してようね」
「もちろん!」
ラスト:夜明け前
ふたりが並んで寝そべったソファの上。
カーテンの隙間から、ほんのり夜明けの光が差し始める。
ヘイリーの寝息。幸の丸くなった背中。
あやのは目を閉じながら、胸の奥でふわりと音を紡いだ。
──ひとつ、息を吸い込むように。
それは、変わりゆく女の子が、そっと未来へ踏み出す音だった。




