番外編:「建築論バトル、再燃」
◆午前10時・出るビル1階 設計室
司郎が図面をぐわっと広げ、設計ペンをトントンと机に叩いている。
「この通気ライン、もっと“呼吸”させなさいよ。都市は肺、建築は気管。
感情の通り道がなきゃ、人間も建築も腐るのよ!」
吉田、冷静に返す。
「“感情”に依存した建築は、環境変化に弱い。持続可能性の観点からも、
機能と構造に根拠を持たない設計は、ただの“詩”に過ぎない」
司郎、机をバーンッ!
「詩で何が悪いのよォ!!この!理屈の塊メガネェェ!」
「メガネはあなたもでしょう」
「アタシのは感情レンズよッ!」
梶原、後ろで黙って椅子を修理中。
(……また始まった)
あやのは机の端で幸の耳をなでながら、ハミングしつつ図面に目を通す。
「……どっちも、いいと思うけどな」
吉田、あやのの言葉に小さくうなずく。
「……この子の言うことだけは、論破できない」
司郎「それな」
ヘイリー(鍋を持って登場)「ちょっとー!朝からまた口ゲンカ?
あんたら全員バカップルみたいにくっついてんだから、建てなさいよ建築を!」
吉田「……その例え、かなり乱暴では」
司郎「てかヘイリー、何その鍋……ってカレー!?朝から!?しかもパクチー入ってる!?ここは日本よッ!」
ヘイリー「東京でも戦えるカレーを模索中なのよ!!新作よ!“アーバン辛口”!!」
梶原「……俺は食う」
あやの「……いただきます」
吉田「……誰も止めないんだな」
◆午後・テラスにて
屋上テラスで、全員そろってカレータイム。
司郎「で、次のプロジェクト、どうする?吉田、例の“沈黙を設計する美術館”、乗る気あるの?」
吉田「……沈黙は、設計できません。ただし、“沈黙を許す空間”なら設計可能です」
ヘイリー「その言い回しカッコイイけど、だいたい詐欺くさいのよね〜」
あやの「……それ、好き」
吉田(少しだけ顔がゆるむ)
梶原「音を使わずに“音の建築”を作る案、あったろ。
あやのがハミングしなくても、呼吸の流れだけで響く建築。あれ、やるのか?」
司郎「やるわよ。そりゃあたしら“沈黙の建築家”と“喋らない天才”と“寡黙な鬼”と“叫ぶラテン女”と“機械壊し”の集団よ?黙ってるほうが奇跡よ」
ヘイリー「自己紹介ですごい偏見が混ざってるわよォ!!」
幸「ワン!!」
吉田「……犬にもツッコまれた」
◆夜・それぞれの場所で
梶原は工具を手入れしながら、
あやのの部屋の前でちょっとだけ立ち止まる。
幸が静かに座っている。
梶原「……あいつらの言い合い、うるさいだろ?」
幸「くぅん(←ちょっとだけ肯定)」
梶原「……ま、それが“日常”か」
一方、司郎は夜な夜な図面の上でひとりごちる。
「さて……次の“都市の音”は、どう出るかしらねぇ。
この子たちが、またどんな沈黙を持ち帰るのか──」
そして吉田は、再び寝床に侵入してきた山形さんにぼやく。
「成仏する気、ゼロだなあんた……」
「だって出るビル、楽しいも〜ん!」
「はあ……でもまあ、俺も……戻ってきたのは、たぶん……」
──好きだから、だ。
その言葉は飲み込んで、眠りに落ちた。
出るビルは、今日も平常運転。
沈黙と騒音が交錯する、音の建築事務所。
そしてそのすべてが、あやのの静かなハミングに、そっと包まれていた。




