表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
240/508

番外編:「吉田、出るビルに出戻る」

出るビル──通称、東京の心霊建築最前線。

そのレンガ壁の上に、今日も洗濯物がはためいている。


4階テラスには、あやのが干した真っ白なシャツ、

そしてその足元に伏せているのは、護衛忍犬・さち


「……ふふ、お日さま、気持ちいいね」


「わん。」


と、ちょうどその頃。


1階玄関から、ドアをバタンと勢いよく閉めて入ってきたのは──


「ただいま。……でいいのかな、こういうの」


銀縁メガネの男、吉田透であった。





◆ 幽霊たちの歓迎



踊り場の田中さん(地縛霊・元サラリーマン)が、

じっとり汗をかきながら言う。


「お、おかえりなさい……また労働ですか……」


「働きたくないな……でもなぜかここに来てしまった……不本意だ……」


吉田、無表情のまま田中さんに敬礼。


「諸行無常ですね。では上に行きます」


トイレの太郎くん(癒し系少年幽霊)が手を振る。


「吉田のお兄ちゃん、また来てくれてうれしいよぉ!」


「太郎くん、その成仏する気のなさ、逆に尊敬するよ……」





◆ 司郎デザイン、設計室



司郎が眼鏡を上げながら図面を描いている。


「まーたアンタ、気配もなく戻ってきたわね」


「他に来る場所がないんで」


「いけしゃあしゃあと言うじゃないのよ。こちとらアンタの机、今ヘイリーの裁縫スペースになってるわよ」


「問題ない。床で描くの、嫌いじゃない」


司郎、頭を抱える。


「ほっっんと、相変わらず生意気な美青年ね……その冷めた目がムカつくのよ……」


梶原が、黙って吉田の背にでかい製図板をドンッと渡す。


「……現場、再始動する。文句あるなら手伝え」


「わかった。なんだかんだ言って歓迎されてる気がするのが腹立つけど」





◆ キッチン・ダイニング



ヘイリーがキッチンでサルサ風味の煮込みを作っている。


「吉田ァ〜〜!アンタ、また黙って来て〜〜!あたしにちゃんと挨拶した〜〜!?」


「(小声)うるさい……」


「何よ〜〜!っていうか、なんでいつも来る時タイミング悪いのよ!?この間のニューヨークはなんだったのよ!?あたし、あんたにメールしたの読んだ!?」


「未読のまま三ヶ月放置してました。すみません」


「性格悪ぅぅ〜〜!!でも憎めないぃぃ〜〜!」


ヘイリー、煮込みをぶち込んだ皿を渡す。


「これでも食べてから図面描きなさい!一緒に住むなら食生活からよ!」


「いや、住むとは言ってな──」


「お布団も干してあるからッッ!」





◆ テラスにて



あやのは幸の頭を撫でながら、

地上の騒がしさにちょっと笑っていた。


そこに吉田がコーヒー片手にやってくる。


「……騒がしいね。君がいない間に、さらにパワーアップしたな」


「うん。ちょっとだけ、懐かしい感じがする」


「たぶん、このビルが“音を記憶してる”んだよ。君のハミングも、司郎さんの文句も、全部」


あやのは、ふっと微笑んだ。


「そっか。じゃあ、わたしがまた旅に出ても……この建物が、わたしの音を持っててくれるんだね」


吉田は、しばらく黙って、

そして苦笑して言った。


「そのときは、また掃除係として雇ってもらおうかな。幽霊の相手も含めて」


幸が「ワン」と一声。


吉田、即答。


「いや、犬にまでツッコまれるのは心外だよ……」





◆ オチ(その夜)



深夜2時。


吉田の部屋(というか物置)に、山形さん(首吊りおじさん幽霊)が現れる。


「うぉ〜〜い。寝てるか〜〜〜い。おかえりぃぃ〜〜!」


「……頼むから黙ってくれ。明日も早いんだ」


「ドッキリ幽霊トラップ、再開しまーす!君のベッド、今夜は“浮く”からね!」


「司郎さーん!あのエレベーター霊、やっぱり成仏させませんか!?」


「うるさいわよ、吉田!あんたの叫び声が一番うるさいのよぉ!」





そして、出るビルの日常は続く。



沈黙の音も、笑い声も、建築図面も、霊のうめき声も──

すべてが溶けあいながら、今日もまたこの場所に、**“生きる音”**が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ