表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
230/508

第百二十八章 心音の設計図

都市アウラの地図に、

ついに“音”が線として描かれ始めた。


従来の寸法、角度、構造強度──

それらを無視するかのように、

中心から広がっていく曲線の脈動図。

そのすべての起点には、ただ一つの波形があった。


あやのの心音。




響室での記録は、すでに一週間を数えた。


あやのは今や、

「音を出す」存在ではなく、

「音に満たされた」存在として、

都市の中枢に静かに鎮座している。


響室の空気は透明で、

そこに立つあやのの肌には、薄い光の粒が纏っていた。


微熱のように赤みを帯びた頬。

鎖骨から胸元にかけて、わずかに隆起する曲線。


そしてなにより──

腹部の中心に宿る、静かな鼓動。


そこは、どこにも傷はなく、

ただ呼吸とともに、都市の音を受け止める“器官”のように震えていた。




ヘイリーが記録室でつぶやいた。


「この音の反応、完全に“臍帯”ね。音があやのに送り込まれてるんじゃなくて、あやのから都市へ“生命音”が渡されてる」


「……逆転したってことか」


司郎は、設計図を見ながら眉をしかめた。


「あやのの身体が、“母体”になったのよ。これは建築じゃない。音響生殖よ。都市が、あやのの声から生まれる構造に変わったってこと」


「それって……つまり、彼女が“都市の女”になるってこと?」


「もっと厄介よ。**“都市の子宮”になるってことよ──それも、無自覚なままに」




夜。


梶原は一人、響室の外に立っていた。


あやのは横たわっている。

まるで胎児のように、膝を抱え、静かに眠っている。


その肩に、幸が頭を預けていた。


そして──

時折、あやのの胸元からは、かすかなハミングが漏れ出ていた。


声ではない。

だが、それは確かに音だった。


(……おまえはもう、“耳”で歌ってない)


(身体で……いや、“身体そのものが音”になってる)


どこまで見届けることができるのか。

いまの自分に、守る資格があるのか。


そんな問いが、何度も胸を刺してくる。


それでも、あやのの心音が響くたびに、

梶原の鼓動も、音になって共鳴していた。




朝。

目を覚ましたあやのは、ゆっくりと身体を起こした。


シーツの内側から伸びる手。

胸に触れた瞬間、彼女はわずかに目を伏せた。


(……また、変わってる)


胸元の輪郭は明らかに、

「無性の身体」が持つ曲線を超えていた。


そして、腹部の中心から、

まるで芽吹くように熱が上がっていた。


(……私は、音を宿してる)


(身体の中で、それが育ってる)


言葉にはならない。

だけど確信があった。


この変化は、

“都市に抱かれている”のではなく──


**“自分が都市を孕んでいる”**ということ。




そこに、そっと扉が開いた。


梶原が、音もなく現れる。


あやのは、シーツを胸元まで引き寄せて、照れくさそうに微笑んだ。


「……なんだか、変な夢を見てたの。私が……都市を抱いてる夢」


梶原は答えなかった。


ただ、そっと手を伸ばし、

彼女の掌に、自分の手を重ねた。


「それは夢じゃない。

現実に──なってる」


ふたりの手のひらが、鼓動を通じてひとつになった瞬間、

響室の壁がわずかに揺れた。


音は、聴こえなかった。

だが確かに、都市が新たな“心音”を記録した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ