表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
216/508

第百十四章 沈黙する設計図(ダイアグラム)

旧・第五都市通信局跡地。

その場所には、すでに記録が存在しない“音”が漂っていた。


地中深く、戦後に敷設された地下スタジオ跡。

かつてここでは、国家機密級の「無線干渉検知」や「都市騒音の封印」などが行われていたと噂されている。

だが今、その痕跡はわずかな振動、残響、そして劣化した壁面に刻まれた奇妙な符号のような“線”として残るのみだった。


あやのは、床の割れ目に手を触れた。


「……感じる。消された音が、まだここにいる」


幸が鼻を鳴らし、あやのの隣にぴたりと寄り添う。


吉田透は、距離を取ってその様子を見ていた。

静かな沈黙のなかに、何かを“読み取る”彼女の感性を、じっと観察している。


「……設計図は、君が描くしかない」


ぽつりと、彼が言った。


「音響技師じゃ無理だ。建築家でもない。音楽家でもない。ただ……この沈黙を理解できる人間じゃなきゃ、ここに“音”を建てられない」


あやのは手を止めて、ふと吉田を見つめる。


「……じゃあ、吉田さんは?」


「俺はただの“翻訳者”だよ。この空間に眠る声を、図面に起こすための──君の伴奏者」


その目は、どこか穏やかだった。




その日の夜、出るビルの事務所には、いつものように灯りがついていた。


司郎が設計机に座り、鼻眼鏡で資料を読み込んでいる。

梶原は隣で、仮設構造と音響材の組み合わせをシミュレーションしていた。


「あやのが、また“無茶な場所”拾ってきたわよ」


司郎がぼやく。


「古い通信局跡……残響と干渉波で壁が崩れてもおかしくない。完全密閉構造なんて、現代じゃ逆に設計しにくいのよ」


「……でも、やるんだろ?」


梶原は淡々と返す。


「“音を再建する”ってのは、破壊じゃない。あの子はきっと、まだ“何か”を聴いてる」


司郎は、湯飲みを持ち上げ、ため息をつくように言った。


「──まったく、あの子がいなかったら、わたしたちの建築なんて“図面の屍”よ」



深夜0時を過ぎた頃。


出るビルの屋上テラスで、あやのは一人、空を仰いでいた。

幸は彼女の足元に丸まっている。


空は曇っているが、時折、雲の切れ目から星が顔を出す。


「あの場所に、どんな音を生むのか……」


あやのは胸の奥で、静かに自問していた。

Silent Requiemではなかった。Resonance Hallでもない。

これはまた、“第三の音”の始まりだった。


梶原が、黙ってそばに現れた。


「風が冷たい。中、戻れ」


「……うん。でも……少しだけ」


「……ついてる」


幸がくしゃみをした。

その音に、あやのはそっと笑った。


「また、始まるね」


梶原は答えなかった。ただ、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ