第百六章 出迎えの鬼と、雷鳴のような坊主
成田国際空港・VIP出口付近。
一般の騒ぎとは隔離された、特別口。
ひときわ目立つ坊主頭が、そこで仁王立ちしていた。
──司郎正臣。
黒縁眼鏡に上下真っ黒のコート姿。
だがその風貌は、警備員ですら声をかけられないほどの圧を放っていた。
脇には、同じく背の高い青年──甲斐大和の姿があったが、
司郎の殺気に当てられ、ひたすらスマホをいじるふりをしている。
「まだかしら……あの子たち……まさか途中で変なトラブルでも……」
その時。
遠くから、コツ、コツ、と軽やかな靴音。
司郎の耳がぴくりと動いた。
「……来た」
空港の警備の向こうから、歩いてくる二人の姿が見えた。
あやの。
薄いグレーのロングコート、真珠色の髪を後ろでゆるく束ね、すっかり“パリ仕込み”の佇まい。
そして、その隣には梶原。
無骨な黒のトラベルケースを引きながら、変わらぬ寡黙な雰囲気。
司郎が、数歩前に出る。
「……遅いわよ、あんたたち」
あやのが立ち止まり、ほんの少しだけ微笑む。
「ただいま、司郎さん」
その一言で、司郎の眉間のしわがふっと緩む。
「よく帰ってきたわね、うちの子……!」
次の瞬間、司郎はあやのを抱きしめた。
まるで雷鳴のような勢いで。
「パリで何があったか全部聞くまで離さないからね!? あたし、毎晩枕濡らしてたんだからね!? ウソだけど!」
「司郎さん、苦しいです……首が」
「女の顔になってるじゃないのよ……あたしの知らないうちに“春”を迎えるなんてッ! 梶原、あんた、覚悟できてるんでしょうね!」
梶原はぺこりと頭を下げる。
「はい、全力で一生をかけて守ります」
「全力で一生とか言ったわね!? 今録音したからね! てか甲斐くん、あんたその場にいてこの空気読めてない顔やめなさいよ!」
「え、俺関係なくないですか?」
「関係あるのよ! あんたの“俺だけ蚊帳の外感”が場の空気を重くすんの!」
あやのは呆れたように笑いながら、ひとつ深呼吸をした。
東京の空気。
「……帰ってきたんだな、って、思いました」
「そうよ。ここがあんたの根っこで、あたしたちの“居場所”。」
司郎はあやのの荷物をひょいと持ちあげ、
「さて、ホームグラウンドへ帰るわよ!」と高らかに宣言する。
甲斐はぽつりとつぶやく。
「出たな、地縛系建築オフィス」
あやのと梶原は顔を見合わせ、ふっと笑った。
──こうして、チーム「司郎デザイン」、再集結。
レンガのビルで、幽霊たちが首を長くして待っていた。




