表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
204/508

第百二章 灯りをともす指先

夜が深まる。

柚子茶の湯気は消え、灯りの色だけがまだ、ふたりを包んでいた。


梶原は、あやのの手を包んだまま、何も言わずにいた。

その無言が、どこまでも優しかった。


あやのの心臓が、少しずつ速くなる。

鼓動が指先から伝わってしまいそうで、手をほどこうとしたが──


「……待って」


梶原の低く、けれど確かな声に、あやのの動きが止まる。


「……あやの」


その名を呼ばれたとき、いつもとは違う重みがあった。

呼吸の仕方すら、忘れそうになる。


梶原は、そっと問いかけるように言った。


「……いま、少しだけ時間を止めてもいい?」


あやのは、戸惑いながらも頷いた。


梶原はゆっくりと、もう片方の手であやのの髪に触れた。

真珠色の髪が指にほどけて落ちる。


「俺は、最初からずっと……あやのが特別だった」


「梶くん……」


「でもそれが、ただの憧れとか、守りたいって気持ちなのか、ずっとわからなかった。

 でも、今日……あやのの作った味を食べた瞬間、全部わかったんだ」


あやのの頬が、熱くなる。胸の奥で、何かがほどけていく。


「俺は……あやのを、ひとりの女の子として好きだ。

 ちゃんと、ちゃんと恋してるって、はっきり気づいた」


その言葉は、静かに、あやのの胸に落ちた。

ぱちん──と、何かが灯るように。


あやのは、長い沈黙のあとで、震える声で言った。


「……こわいの、すごく。わたし、そんなふうに誰かに見られること、ずっと避けてきた」


「わかってる。でも……あやののままで、好きになったんだ」


次の瞬間。

あやのの身体がふわりと前に傾き、梶原の胸に額を寄せる。


「……ありがとう。

 いま、あなたの前なら……“女の子”でいても、いいって思える」


梶原は、そっとあやのの頬に手を添えた。

そして、目を閉じた。


あやのもまた、目を閉じた。


ふたりの唇が、やわらかく触れた。

一瞬、それは風のように繊細で、けれど確かに、熱をもった交わりだった。


──そのとき。

あやのの内側で、何かが静かに変わりはじめていた。


生まれたままの透明な心が、ゆっくりと色づいていく。


少女ではなく、“誰かのために生きる女性”としての目覚め。


髪が、わずかに伸びたように揺れる。

瞳が、光を抱くように潤む。

声が、いつもより少しだけ、高くやわらかく震えた。


それは、誰にも強いられたものではなかった。

ただ、あやのが自らの意思で、愛されることを受け入れた瞬間だった。


「……好きだよ、梶くん」


その言葉に、梶原はあやのをそっと抱きしめた。


もう、ふたりの間に迷いはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ