第八十九章 世界の呼び声
「──全員、朝礼始めるわよォォォォ!!」
いつものように、司郎の怒声から一日が始まった。
パリ、モンマルトルの仮設オフィス。
風の聖堂の完成をもって、設計室はひとまず解体作業に入り、チームは次なる“世界案件”へと再び姿勢を整えていた。
丸テーブルの周りには、あやの、梶原、ヘイリー、それに現地スタッフたち。全員、少し緊張した面持ちだ。
司郎がパチンと手を叩く。
「さて。いよいよ次の現場よ。場所は──南アフリカ・ケープタウン」
ざわっ、と一同が反応する。
「環境音と都市計画、そして民族音楽との統合を前提にした“音響都市の心臓”を作ってほしいって依頼。いわゆる、“共鳴する都市計画”よ」
ヘイリーが目を見開く。
「マジでやるの? ウィンド・スコア終わったばっかよ? あたしの手首まだバチバチよ?」
「あたしの喉は枯れてないから問題ないわッ!!」
あやのが小さく笑いながら手元の資料をめくった。
「──つまり、また“音”が軸になるんですね。建築と、文化と、自然の……」
「そう。世界遺産級の案件よ。そして、まだこの企画を真面目に受ける建築チームはほとんどいない。理由は単純、予算と政治と地形と気候が全部カオスだから」
「ハードルしかないな」
と梶原がぼそっと呟いた。
「でも、私たちなら──」
とあやのが、言いかけて言葉を止めた。
司郎がその続きを奪うように言った。
「私たちなら、“やれる”。じゃなきゃ呼ばれてないわよ。無名のチームが、ニューヨークでホール鳴らして、パリで風を捕まえて、次は何よ。地球にハミングさせるつもりで行くのよ!!」
「いやもうちょい控えめでも……」
「黙んなさいヘイリー!」
そのとき、控え室の電話が鳴った。
応答に出た現地通訳スタッフが顔色を変えて言う。
「──日本から急報です。“沈黙の塔”、一部崩落。現地政府が、再設計チームとして“司郎デザイン”を指名したそうです」
一瞬の沈黙。
梶原が言った。
「……世界、忙しいな」
司郎がパチンと指を鳴らす。
「決まりね。今、うちら世界の“音”のど真ん中にいるってわけ。さあ、チケット取るわよォ。世界が待ってるッ!!」
「司郎さん、そっちのスーツケースに水着しか入ってませんでしたよ」
「黙んなさいあやの!!」
こうして、風を編んだチームは、新たな“音の空白”へと踏み出す。
それが、誰の心を震わせるものになるのかは、まだ誰にもわからない。
ただ確かなのは──次の舞台も、音が鍵だということ。




