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星眼の魔女  作者: しろ
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第八十一章 沈黙の設計者

異変は静かに訪れた。


現場監理チームの一人、フェルナン・ローラン。

技術屋として誰より几帳面で、現地の建材事情にも精通し、

“建築の沈黙を守る男”として信頼を集めていた。


その彼が──突如、プロジェクトから姿を消した。


梶原が現場で異変に気づいたのは、朝8時の定例点検のときだった。


「フェルナンの工具が全部なくなってる。

通行証も、現場記録も。……消されたみたいに、跡形もない」


だがそれは、ただの“離脱”ではなかった。


彼が持ち出していたのは、設計図の中でも特に重要な《風の回廊》の接続レイアウトだった。


そこには、「風が語る声」を最大化する構造が記されていた。


「……つまり、“一番重要なルート”が敵の手に渡った」


司郎の言葉は冷酷だった。


**


あやのは信じられなかった。


ローランはかつて、何度も“失われた声”の意味を語っていた。

この計画に心を打たれて合流したはずだった。


「彼の家族、20年前の移住で家を失ってた。自分の“声”がここに重なるって……私、信じてたのに」


**


その夜、甲斐があやのに一通のメールを見せた。

差出人不明。件名「“塔の記録”を消せ」。


内容は短く、こうあった。


《沈黙の塔》計画に関わった者は、すでに処分されている。声を保存するなどという幻想は、二度と再生させてはならない。


そして、末尾には見覚えのある“名”が添えられていた。


──K.G.


あやのが小さく呟いた。


「……甲斐玄道……」


甲斐大和の、叔父の名だった。


**


数日後。

フェルナンが再び現場に現れた。


だが彼は、もはや「プロジェクトチームの一員」ではなかった。


かつての誠実な目は消え、

その手には、財団によって差し向けられた調査官証があった。


「プロジェクトの即時停止を要求する。この計画には、公共の利益を損なう可能性がある」


あやのが立ち上がった。


「何を言ってるの。あなたは……あれだけ、声を守りたいって」


「守りたかった。……でも、もう終わったんだ」

フェルナンの声はひどく乾いていた。


「俺は家族を守る。あんたたちは、“亡霊”に付き合いすぎた」


**


その時、あやのの中で“音”が消えた。


彼女は言葉を探したが、どんな響きも虚ろだった。

声を失うとは、こういうことなのだと知った。


**


その場を、司郎が制した。


「いいわ。 “あんたの音”はここまでってことね」


「でもこっちは、まだ演奏中なの。静かに聞いてなさい。フィナーレは、うるさいわよ?」


**


フェルナンが去ったあと、

あやのは静かに目を閉じた。


風が窓を揺らしていた。

だが、そこに“悲しみ”はなかった。


「……“信じる”って、

最初から壊れるかもしれないものを抱えることなんだね」


梶原が言った。


「それでも、お前が信じたから……

 ここまで、風は届いてきたんだと思う」

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