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星眼の魔女  作者: しろ
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第八十章 封じられた時間に、風が触れた

二度目の破壊は、予想を遥かに超えていた。


明け方、風のルートに組み込まれていた**レゾナンス・タワー(共鳴柱)**が、

根本から倒されていた。


人の手では不可能な作業──


基礎のコンクリートが掘り返されており、鉄筋は丁寧に切断されていた。

そして現場には何も残されていない。ただ、風の音だけが唸っていた。


「これは……もう、業者の範囲を超えてる」

梶原が低く呟いた。


「しかも、柱の土台の中に……これを埋めたのは誰だ」


彼の手には、小さな金属板──古びたカセット型レコーダーの内部ユニット。


そこには、ひとつの音が残されていた。


**


夜。

仮設オフィスで、その“音”が再生された。


「……やめて、お願い……ここにはまだ、子どもが──!」


それは、20年前の事故に関係する住民の断片的な声だった。


火災が起きたのは、当時開発が強行された“旧住区ブロックC”。

公式には“漏電による出火”とされたが──この声が本当なら。


「……逃げられなかった人たちが、いたってこと?」


あやのが呟いた。


「“事故”じゃなくて、意図的な封鎖だった可能性がある」


**


司郎は、いつもの冷静なトーンで言った。


「なら、それを“音で残した”誰かがいたってことよ」


「つまり、誰かは“叫んだ”。

 だけどそれが届かなかっただけ──ね」


**


甲斐が、ゆっくりと言葉をつむぐ。


「このデバイス……たぶん“あの時の住民”が、柱に仕込んだんだ。誰かがいつか、気づくことを信じて」


「この建築を、声が辿り着く場所にするために──いま壊そうとしてるやつらが一番恐れてるのは、きっと“これ”だ」


**


梶原が顔を上げた。


「つまり、この“風のルート”を壊した奴……最初からこの音源の存在を知ってたってことになるな」


あやのが、ふっと目を伏せた。


「じゃあこの場所、まだ“全部は喋ってない”ってことだよ。……もっと、聞こえるはずの声がある」


**


夜、あやのは現地の風のスケッチを重ねながら、

「建築のどこに声を宿せば風が正しく伝えるか」を模索していた。


風は、ただ流れるだけじゃない。

音を拾い、誰かの耳に運ぶ。

沈黙を、通訳する力がある。


彼女はそれを信じていた。


そして、甲斐が小さく言った。


「……こんなこと、父さんが知ったら、どう動くと思う?」


「知らなかったら壊し続ける。

 知ったらもっと恐れて、今度は“人を狙ってくる”」


司郎の言葉に、張りつめた空気が沈黙する。


**


だが、その時。


風が──“音のない共鳴”を残していった。


スリットの間をすり抜けた空気の流れが、微かに共鳴した。


それは、まるで誰かの**「ありがとう」**という声のように響いた。


**


あやのはそっと手を胸に置いた。


「……まだ終わってない。

 風が教えてくれる限り、誰かはここで“生きてた”って言える」


それが、この建築の使命だった。

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