第七十八章 声を封じた者たち
破壊された共鳴パネル。
設計図の“消されたライン”。
誰にも気づかれず進行する「設計潰し」は、明らかに内側から起きていた。
あやのは、情報を洗い直していた。
作業記録、入退室履歴、工具の貸出簿。
すべて整っているが──整いすぎていた。
「意図的に“見つからないように”やってる。これは、素人の犯行じゃない」
司郎の言葉に、梶原が頷いた。
「現場に慣れた手だ。音も立てずにパーツを解体して戻すなんて、普通はできない」
「つまり……」
甲斐が低く言った。
「このプロジェクトの中に、“それをやれる立場の人間”がいるってことだ」
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数日後。
あやのは、ある女性の元を訪れた。
リマ・カスティージョ──この地区の古いコミュニティセンターの元運営者。
今は裏方に退き、住民代表の影の調整役として動いていた。
「あなたの描くものは、あまりにも“きれいすぎる”のよ」
リマは言った。
「この街には、声を出せば消される人がいる。声を上げれば、“いなかったことにされる過去”がある」
「あなたの設計が、それを明るみに出すのなら──
それを望まない者がいても不思議じゃない」
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あやのは、静かに問いかけた。
「……でも、黙っていても、何も変わらない。
“変えられると思うから”じゃなく、“変えたいから”やってるだけです」
リマは、長い沈黙ののち、書類の束を差し出した。
「……20年前、この土地の再開発にまつわる強制移住と、火災事故の記録よ。公的には“自然発火”とされたけど、当時ここにいた者は皆知ってる。 “片付けられた声”が、あったってことを」
「もしあなたが、本当にその“声”を建築にする気があるなら──この記録を、燃やさずに残して」
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その夜、あやのは資料を抱えて仮設オフィスに戻った。
司郎と梶原が待っていた。
あやのは言った。
「“風の通り道”って、もしかすると──
“誰にも聞こえなかった声”が、最後に通る道なのかもしれない」
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司郎が肩をすくめた。
「いいじゃない。じゃあそれを、形にしましょう」
梶原が言う。
「……何があっても、俺たちは現場を守る。この場所に、誰かが“いてよかった”って思えるように」
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その夜、甲斐は一人で財団の連絡網を洗い直していた。
叔父──“塔”の記録実験に関与したあの男の名が、
支援中止を推した委員会に浮上していた。
(まさか……こんな形で……)
甲斐の中に、過去の亡霊が蠢きはじめていた。




