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星眼の魔女  作者: しろ
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第七十七章 音もなく、誰かが壊している

最初に異変に気づいたのは、梶原だった。


仮設工事の朝。

彼が現場に入ると、前夜設置したばかりの共鳴パネルが、

丁寧に──しかし確実に壊されていた。


叩かれた跡はない。

ネジが外され、骨組みが“解体”されていた。


「……誰かが、知ってる手つきでやってる」


まるで“騒音を出さずに”破壊するように。

そこにあったはずの“風の導線”が、何事もなかったかのように消えていた。


**


仮設事務所で報告を受けたあやのは、沈黙したまま立ち尽くす。

パネルは、住民の声を「音に変換」するための中核。

設計の魂とも呼べる部分だ。


「……何も盗まれてないんだね?」


「はい。工具も、装置も、記録も」


「“意思”だけ、壊されてるってことか……」


**


司郎が、長く深いため息をついた。


「つまりこれは、“設計の否定”ね。しかも音を立てずに、何食わぬ顔して」


「バールで壊すより、こっちのほうが性質が悪いな……」

梶原が眉をひそめる。


**


甲斐がその場に姿を見せたのは、少し遅れてからだった。


「……俺がいない間に何があった?」


「壊されたのよ、“声の道”が」

司郎の声に、皮肉の棘が混じる。


「で? 向こうはなんて?」


甲斐は一瞬、答えを躊躇したが、静かに首を振った。


「……“風の道”案に、正式な支援は下りなかった。

 ただし並行設計の条件で、一定期間は続行可能。

 “成果が出なければ中止”という条件つきで」


**


あやのは、頷いた。


「……じゃあ、“壊してでも止めさせたい誰か”が、もう動いてるってことだね」


「誰が? 誰にメリットがあるんだ?」

甲斐が口を挟むと、司郎が乾いた笑いを漏らした。


「そりゃ“風を聴かれると困る人たち”よ。黙らせておきたい声が、ここには山ほどあるってことじゃない?」


**


その日の午後、あやのは現地住民のワークショップ会場を訪れた。


壊されたパネルの話をすると、誰かが目を伏せた。

だが、誰も口を開かない。


その沈黙の中で、あやのは確かに感じた。


──この中に、“壊した者”がいる。


だが同時に、誰もが「それを声にする権利を持っていない」ことも。


**


夜。


仮設事務所に戻ると、風の音がやけに強かった。


あやのは、かつての妖怪の里を思い出す。

沈黙の中にある“怒り”や“抗い”。

それらが言葉にならないまま、風の揺れとして伝わってきた夜。


「……ねぇ、司郎さん」


「なによ」


「声を持たない怒りって、どうすればいいと思う?」


司郎はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「目を背けないこと。それから、声が届くまで、耳を塞がないことよ」


**


あやのは頷いた。


風は、吹く。

どこからか、誰かの名もなき声を乗せて──


その声を、建築に変える。

それが、自分たちの使命だと知っているから。

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