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星眼の魔女  作者: しろ
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第七十五章 風の道を描く手

仮設オフィスの一室。

白い壁には現地住民の動線、子どもの遊び場、野良猫の通り道、屋台の時間帯など──

さまざまな「生活の音」がマッピングされていた。


それらを繋ぎ合わせるように、あやのは鉛筆を走らせていた。


「……風の通り道って、空気の流れだけじゃない。

 ここで暮らす人たちの“気配”も、風の一部になると思うんだ」


彼女のスケッチは、建築としての厳密性というより、

感覚的な“重なり”のような線で描かれていた。


**


だがその柔らかいアプローチに、思わぬ反発が生まれ始める。


中東系の住民代表──アミール・シャファールは、

あやのたちが持ち込んだ「共鳴する広場」案を前に、苛立ちを隠そうとしなかった。


「──あなたたちは、また“ヨーロッパ人の感性”で、

 この街を“美しく変えよう”としているだけじゃないのか?」


「私たちはもう十分、**“美しい顔をした支配”**に苦しんできた」


**


あやのは、反論しなかった。


ただ、手帳を開いて見せた。

そこには、地元の子どもが描いた小さな風車の絵と、名前が添えられていた。


「昨日、この子が“風の見える場所がほしい”って言ってくれた。私たちが作るのは、その子のための場所であって、都市開発の名を借りた征服じゃない」


「……でも、そう思われてしまったなら、何かが足りてないんだと思う」


**


それを見ていたアミールの妻が、ふと漏らした。


「……あなた、ほんとに聴くのね。

 “伝えるための声”じゃなくて、“受け止めるための沈黙”を」


**


その夜、あやのはひとりで夜の町に出た。


移民地区の細い路地に入ると、見慣れぬ言語で書かれた看板、異国のスパイスの匂い、子どもたちの笑い声──


そのどれもが、「都市」という名の下で沈黙させられてきた“声”だと思った。


**


帰り際、司郎が設計図を広げながら言った。


「これだけ文化が交錯してると、素材も構造もルールも全部変えないとダメになる」


「……だけど不思議ね。風だけは、誰にも分け隔てなく吹くのよ」


「だから“風を聴く建築”っていうのは、案外、そういう矛盾の真ん中に立てるのかもしれないわ」


**


翌朝。

新たに住民たちを招いたワークショップが開かれた。


建築家が設計するのではなく、住民が“ここに何を残したいか”を語り、あやのたちはそれを受けて、紙と模型の上に風の道を「聴き取りながら」描く。


次第に、最初は懐疑的だった人々の中にも、何かが変わりはじめた。


──声を発してもいい、と思える空気。

──沈黙が責められない、という時間。


そういった**「建築以前の空間」**が、ほんのわずかに生まれ始めたのだった。


**


だがその静けさを打ち破るように、

プロジェクト本部から通達が届く。


「予算削減。再構成を要請。記録型施設への転用を再検討せよ」


甲斐大和が選んだ“あやの案”への圧力が、

ついに表面化する。

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