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星眼の魔女  作者: しろ
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第七十三章 決定と揺らぎ

翌朝。

パリ国際文化フォーラムの中庭にて、結果発表のセレモニーが始まった。


曇り空の下、報道陣が詰めかけるなか、壇上に立った審査委員長は慎重に言葉を選んだ。


「審査の結果──本プロジェクトには、二つの提案を分割して採用することが決定されました」


「一つは、“記録保存型”設計──《レゾナンス・フィールド》」

「そしてもう一つは、“共鳴型”設計──《ウィンド・スコア》」


「両者は異なる思想を持ちながら、いずれも建築の未来に価値ある問いを投げかけました。

よって、実施地を二つに分け、それぞれのコンセプトを国際的なモデルケースとして並行設計・実施することとします」


**


その場にいた全員がどよめいた。


前例のない“ダブル採択”。

だがそれは同時に、表と裏に分断される道でもあった。


**


控室で。

司郎がぽつりとつぶやいた。


「……分けてきたわね、やっぱり」


吉田は冷静にうなずいた。


「一つに決められる案じゃなかった。

 分けるということは、思想ごと二分するということです。つまり、試されるんですよ、俺たちが本当に“社会と接続できる建築”を作れるか」


**


だがその数時間後。

甲斐大和のもとに、父・甲斐総帥からの“圧”が入る。


──個人所有の海外投資ファンド経由で、「記録保存型」案に予算集中。

「共鳴型」案は、資金・人材ともに縮小方向へ。


そして、プロジェクトマネージャーの指名権限を、甲斐に一任すると告げられた。


**


夜。

甲斐は一人、ホテルのロビーで立ち尽くしていた。


背後から足音。あやのだった。


「……決まったのね。もう“どっちを選ぶか”じゃなく、“どこに力を与えるか”」


甲斐は目を逸らさなかった。


「お前の案は、綺麗すぎるんだ。誰もが癒されるかもしれない。でもな、それだけじゃ、人は前に進めないこともあるんだよ」


「声を記録することが、誰かの“証明”になるなら……俺はそれを守りたい」


**


しばらく沈黙が流れた。


あやのはその沈黙のなかに、甲斐自身の過去の痛みを聴き取っていた。

声を失った誰か。

救えなかった記憶。


「でもね、甲斐くん──」

あやのは小さく微笑んだ。


「“証明”って、他人にしてもらうものじゃない。

 自分が生きて、語っていくものだよ」


「私たちは、声が誰かに届いて、消えてくれることを信じてる。記録じゃない、“つながり”を」


**


甲斐は答えなかった。


ただ、一度だけ空を見上げた。


そしてそのまま、何も言わずに立ち去った。


**


──翌朝。


発表された構成チーム案には、驚くべき内容が記されていた。


「《ウィンド・スコア》設計において、プロジェクトマネージャー:甲斐大和を任命」


裏の動きとは逆に、甲斐は自らあやのの案に肩入れしたのだ。


**


理由は語られていない。


ただ、あやのが最後に見た甲斐の背中は、

「記録」と「つながり」の間で揺れながらも、どこか覚悟を決めた背中だった。


**


世界の風は、まだ強く、そして不確かだった。


だが今、あやのたちの設計は、“誰かの声”を風に乗せるための準備に入った。

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