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星眼の魔女  作者: しろ
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第六十九章 静かな叫び

仮設の地上ステーション。

共鳴の収束から数時間後、沈黙の塔は再び“音のない”建造物として、そこに静かに佇んでいた。


あやのが記録を整理していると、甲斐大和がひとり現れた。


彼の表情は、いつもよりわずかに陰を含んでいた。


「……全部、聞いたのか?」


あやのは、記録データから顔を上げて頷いた。

その目には、まだ塔の奥底に漂っていた“誰かの後悔”が焼きついていた。


「“彼”の名前は、最後まで残っていなかった。でも──声は、ものすごく強かった。何かを伝えようとしてた」


甲斐はしばらく黙ってから、低く言った。


「……あれは、俺の叔父だ」


あやのは、少し目を見開いた。


「叔父?」


「俺の父親は財閥の総帥で、表の世界の人間だ。でもその弟──俺の叔父は、裏方の技術者で、かつて国家主導の音響実験プロジェクトに関わっていた」


「“沈黙の塔”はその実験施設のひとつだった。初期段階で使われた、記録媒体──“音の心臓”を仕掛けたのが、あの人だった」


**


かつて、政府と複数の大企業が共同で進めていたプロジェクト。

表向きには音響研究、しかし実態は“人間の声が精神に与える影響”を計測する、危険な人体実験に近いものだった。


「叔父は実験にのめり込んで、最後には“記録媒体の中に自分の声を封じた”と言われてる」


「名前も資料も全部、消された。だけど……俺の家には、“声が浮く壁”が残っていたんだ」


甲斐は、自嘲気味に笑った。


「俺が音に執着する理由は、そこにある。誰にも理解されなかった声を、いつか誰かに届けたいと思ってた」


**


あやのは、しばらく黙って彼を見ていた。


「……だから、この塔を選んだんだね。私に、あの声を聞かせるために」


「……ああ」


「わざと、“音の構造的歪み”が残るままの塔を放置して、暴走させた?」


甲斐は黙っていたが、その沈黙が答えだった。


あやのは、そっと目を閉じた。


「……あの声を聞いて、私は泣いたよ。でも、あの人の“叫び”は、今もそのまま残るべきだと思った」


「記録されてること自体が罪、なんじゃないかって」


**


少しの沈黙の後、あやのは手帳を開き、ある設計スケッチを甲斐に手渡した。


それは──

**“声を記録する建築”ではなく、“声が解き放たれる建築”**の構想だった。


「次はこれを一緒に作ろう」


「閉じた声じゃなくて、空へ向けて響く声。囚われた音じゃなくて、未来に自由に届く音」


「……あの人の叫びを、**“解放”する形で受け取るんだよ」


甲斐は、ほんの少し笑った。


「……やっぱりお前は、ずるいくらい真っ直ぐだな」


「叔父の声を“過去の遺物”にせず、“未来の土台”にしてくれるなんて──

 ……俺には、思いつきもしなかった」


**


その塔はもう何も語らない。

だが、その上に立ち上がる“新たな構想”だけが、静かに始まろうとしていた。


音なき沈黙の果てに、

最初の“声”がようやく、生まれようとしている──

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