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星眼の魔女  作者: しろ
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第六十六章 音の証明

──「聞こえていますか?」


それは確かに、あやのの声だった。


空気の振動ではなく、骨の奥から伝わるような感覚。

誰もが思わず顔を見合わせる中で、ただ一人、司郎は微動だにしなかった。


彼は静かに、足元の金属床に膝をついた。

手のひらで床を撫で、掌の感触を確かめる。


「……反響がない。だが、振動はある」

司郎は呟いた。


「つまり、空間を伝う“定在波”が内部に発生してる。音ではない、“構造振動”だ」


吉田が目を細める。

「音じゃないのに、声に聞こえるって?」


司郎は頷く。

「この塔は“音響を伝えない”のではなく、音響を“閉じ込める”構造なんだ。いったん入った音は、どこにも逃げない。だから、内部で反射と重なりを繰り返し、音そのものが構造として定着する」


「録音じゃないってことか?」


「……もっと厄介だ。録音は過去の記録だが、これは“今も生きている音”だ。つまり、塔の内側に、“音の記憶体”があるようなものだ」


梶原が不安げに訊いた。

「じゃあ、今聞こえたあやのの声は……」


「彼女が、塔の心臓部にアクセスしたんだろう。声を出していない。だが、共鳴した。本人が“伝えたい”という意志そのものが、構造体を振動させた」


全員、息を呑んだ。


司郎だけが、無造作に眼鏡を外し、レンズの曇りを拭いながら続けた。


「冷静になれ。現象には必ず理由がある。

 これは霊でも超常現象でもない。建築の問題だ」


彼の目は、微塵も揺れていなかった。


「この塔の“無音構造”は、過剰な記憶保持性を持ってる。

 それは、優れた音響性能とは限らない。“沈黙の暴走”になり得る」


吉田が震えた指で尋ねる。

「……じゃあ俺たちの声も、“残ってる”ってことか?」


司郎はあっさり頷いた。


「塔に入ってからの一言一句、全部な。共鳴のトリガーさえ引かれれば、何年後でも、誰かの中に“再生”される可能性がある」


「……それってつまり」

梶原が口ごもる。


「塔そのものが、記憶媒体として機能してるってことよ」

司郎は言い切った。

「だが記憶には、必ず“鍵”が必要だ。あやのが触れたのは、おそらくその鍵だ」


**


そのときだった。


再び、あやのの“声”が、空気を通さず響いた。

だが今回は、明確に“司郎さん”と名指しされていた。


彼女は、塔の中心で何かに到達したのだ。


司郎は立ち上がり、ハーネスを締め直した。


「行くわよ。あたしの娘が鍵を開けたのなら、あたしが責任もって次の扉を開けてやらないとね」


誰も反論しなかった。

彼の背に、冷たい金属の壁と、かすかな振動がついてきた。


それは“沈黙の塔”が、今ようやく“語ろう”としている証だった。

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