表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
165/508

第六十三章 響かぬ塔

夜明け前。

白い空が、パリの東を静かに染めていく。


出発は極秘の車列だった。

あやのと梶原は一台の車に、司郎と吉田、甲斐は別のルートで向かう。


会話はない。

けれど、その沈黙はどこか心地よくさえあった。

あやのは膝の上で指を組み、窓の外をじっと見つめていた。


「……寒くないか?」

と、梶原がぼそっと訊く。


「ううん、大丈夫」

あやのは微笑んで答えたが、梶原はそっと彼女の肩にブランケットを掛けた。

車は郊外へ出て、森の中の未舗装路を走り始める。


数分後、木々の切れ間から、それは姿を現した。


灰色の塔。

無数の音を呑み込み、返すことなく、ただそこに黙って在る。


地図にも名前のない場所。

一切の電子機器が作動しない区域。

“誰も語らないが、誰も忘れていない”場所。


Echo Spire。


車を降りた瞬間、空気の質が変わった。

風の音がない。鳥の声もない。

周囲の音が、まるで塔の中に吸い込まれているようだった。


「……これが、音を殺す建築か」

司郎が口にした言葉が、やけに浮いて聴こえた。


甲斐が腕時計を見て言った。

「この中に入れるのは、最長で48時間。

 内部は自己修復型の音響迷路になっている。

 各自、迷子になるな。声を出すな。必要なやり取りはこれで」

と、手渡されたのは、**“筆談用の薄い磁性ボード”**だった。


吉田がうんざりした顔でつぶやく。

「今どきアナログすぎるっての」


梶原がぼそっと答える。

「……電子機器は中で壊れる。電波も、電源も、吸われるからだ」


あやのだけが、黙って塔を見上げていた。

どこまでも高く、重く、沈黙をそのまま構造にしたような異形の建築。


音が生まれない。代わりに、記憶だけが染みついている。


「……入ろう」

あやのの一言で、隊列が動いた。


扉は、開けるでもなく、ただ開いていた。


その先には、まるで音のない水の中に入るような空間が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ