第四十一章 帰路
夜明けとともに、砂漠の空は蒼く染まり始めていた。
乾いた風が帷をほどくように、過酷な夜の記憶を遠ざける。
司郎、梶原、そしてあやのは小型のヘリに乗って、シークの王宮を離れた。
誰も多くは語らなかった。けれど、その静寂は決して気まずさではなく、
まるで音楽が終わったあとの余韻のように、互いの心をつなぐ空白だった。
あやのは、シートに浅く腰をかけ、横顔を窓に向けていた。
瞳にはまだ疲労の影が揺れていたが、それでも今は、眠る子どものように穏やかな表情をしていた。
彼女の膝の上には、梶原が掛けたフライトジャケット。少し大きすぎて、それがなおさら彼の無骨な優しさを思わせる。
司郎は隣で、眼鏡の奥から彼女をじっと見ていた。
表情は変えないが、その目には怒りでも同情でもなく——確かな慈しみと信頼があった。
「おかえり、あやの」
ぽつりと、司郎が言った。
その言葉に、あやのはわずかに目を伏せて、唇を結んだ。
「……ただいま、司郎さん」
震える声ではなく、静かで、芯の通った声だった。
梶原はそのやり取りを横で黙って聞き、ふと窓の外を見た。
陽が昇る。世界は変わらず巡る。だが、自分たちは少し変わって帰るのだ。
「……あの男、しばらく立てないと思うが」
冗談のように、梶原がぽつんと呟いた。
あやのは、目を丸くしてから、かすかに笑った。
初めて見るその微笑みが、まるで風鈴の音のように、二人の胸に静かに響いた。
司郎がわざとらしく咳払いをして、窓の外を見ながら言った。
「まあ、おかまの私にまで触ろうとしたら、そのときゃあ確実に戦争だったわよ」
それにはあやのも笑ってしまい、顔を両手で隠した。
梶原が目を細め、そっと彼女の肩に手を置く。
何も言わないその手が、ただ一言「もう大丈夫」と伝えていた。
そのまま、三人は朝の空へと飛び続けた。
それぞれの胸に、守りたいものがあると知った朝だった。




