第四十章 抱擁
宮殿の奥、夜の砂漠の静寂が戻った。
瓦礫の上に座り込むあやのの体が、ふるふると細かく震えていた。
泣いているのか、凍えているのか、それとも声の出し方を忘れてしまったのか——
彼女の顔は伏せられ、肩だけが静かに上下していた。
梶原國護はゆっくりと彼女に近づいた。
その歩幅には、あやのに何も強いないようにという配慮と、今すぐにでも包み込みたいという焦りが滲んでいる。
彼女の目の前に膝をつき、そっとその肩に触れる。
抵抗はなかった。
ただ、触れられた瞬間——あやのは、音もなく涙を流しはじめた。
声を立てず、泣いた。
小さな背が、壊れそうに震える。
その涙には、恐怖だけでなく、自分を護れなかった無念や、誰にも言えない痛み、誇りの欠片が混ざっていた。
梶原は言葉を探さなかった。
ただ、あやのの身体をその両腕でそっと引き寄せ、
大事な宝物に触れるように、やわらかく、けれど絶対に離さない強さで抱きしめた。
彼の体温が、ひどく静かだった。
砂嵐の夜に焚かれたひとつの灯のように、じわりとあやのを包み込む。
何も言わず、ただただその身に、彼女の震えを受け止めて。
あやのは、その胸の中でようやく、息を吐くように小さな声を漏らした。
「……梶くん」
それは、子どもが親を呼ぶような、迷子がようやく見つけた人にかける声のようで。
梶原は頷いた。
「いる。ここにいる」
その言葉を、あやのは喉の奥で反芻するように聞いていた。
この胸にいる温もりが現実である限り、あやのはまた立ち上がれる——そのことを、誰よりも梶原が信じていた。
どこか遠くで夜明けの光が差し始めていた。
この地獄のような夜の向こうに、また新しい日が来るのだ。
梶原の腕の中で泣くあやのは、少しずつその震えを止めはじめていた。




