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星眼の魔女  作者: しろ
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第三十九章 咆哮

シルクのカーテンが舞う。

バラ水とムスクの匂いが充満した、熱帯の夜の空気。


ザーヒルは黄金の刺繍を施された上着を脱ぎ捨て、獣のような気配を纏ってあやのににじり寄る。

その黒曜石の瞳に浮かぶのは、支配と熱情。それが欲望に変わるのに、時間はかからなかった。


「ああ、君は……

 まるで月の光に濡れた彫像のようだ。抱かれるために、ここにいる……」


吐息が耳元に触れる。

あやのは微動だにせず、その藍と金の「星眼」が虚空を見つめていた。


ザーヒルの手が、あやのの肩を掴む。


「やめろ」


声は冷たいほどに静かだったが、間近にいたザーヒルには刃のように響いた。


あやのの身体は、床に押し倒される寸前で硬直していた。

細い両腕が、かろうじて胸元を守るように交差している。


「美は、触れられてこそ意味を持つ。君はまだわかっていない。

 私は君を“壊したい”のではない。“飾りたい”のだよ」


ザーヒルの体重が乗る。

だが、そのとき——


ドンッ!!!!


壁が爆音とともに吹き飛び、砂塵の中から現れた黒い影が、一歩ずつザーヒルに向かって歩み寄った。


「……離れろ。今すぐ、その手を放せ」


梶原國護だった。


その手には鉄の塊のような大槌、

背後には部隊を率いた司郎の無人迎撃ドローン群が浮かんでいる。


あやのの胸元に覆いかぶさるザーヒルを見た梶原の、無表情だった顔がゆがむ。


怒りが、理性を超えていた。


「あやの……っ」


瞬間、ザーヒルの身体が弾け飛んだ。

梶原の槌が地を裂き、彼の腕をかすめて壁に打ちつける。


骨の軋む音が、夜を裂いた。


「この……無礼なッ……!」


血を吐きながら起き上がるザーヒルを、梶原は一瞥もせず、

蹲ったまま動かないあやのの前に膝をついた。


「……あやの」


優しく呼ぶその声に、あやのの肩がわずかに震えた。


「あやの、大丈夫だ。……俺が、来た」


その言葉の温度が、あやのの凍りついていた内側をじわりと溶かす。

目を伏せ、唇を噛んでいたあやのが、わずかに息を吐いた。


「遅い……」


声は小さく、震えていた。


だがその直後、あやのの背後で共鳴音が響きはじめた。


あやのの喉から、無意識のまま音が溢れ出す。

それはただの歌ではなかった。拒絶と祈りと怒りの記憶、音にならない咆哮。


「Silent Requiem」

──死者に捧げる鎮魂の旋律が、今、目の前の悪を呪う音楽へと変貌する。


ザーヒルは、耳を塞ぎ、のたうった。

美しかったその旋律が、今や拷問のように彼の神経を責め立てている。


「音が……音が! 止めろ! 誰か、誰かッ!」

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