表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
139/508

第三十七章 檻の中の夜

部屋には窓がなかった。

壁に飾られたステンドグラスは、偽りの陽光を映すだけ。

香が焚かれた空気は微かに甘く、まるで現実感を奪うように、意識を鈍らせる。


真木あやのは、その中心に置かれた椅子に静かに座っていた。

深紅の絨毯、絹と金のドレス、足元には宝石がこぼれている。

誰もが欲しがるものたちが、まるで彼女を飾るために用意された“装飾品”のようだった。


それらは、彼の愛情のつもりだった。




夜になると、男が来る。


シーク・ザーヒル。

まだ若く、美しく、洗練された所作を持つ男だった。

だが、その瞳には冷たい執着の光が宿っていた。


あやのがどれだけ言葉を拒もうと、どれだけ視線を逸らそうと――

彼は毎夜、必ず現れ、宝石の箱を開き、ドレスを広げ、香を選ばせようとする。


「これはペルシャの刺繍。君の肌には、金糸が似合うと思って」

「このエメラルドは、かつて王妃の涙から生まれたものと呼ばれている。君にこそふさわしい」


あやのは、何も言わなかった。


手を出すことはなかったが、彼の視線は、指先よりも多くを触れていた。

まるで彫刻をなぞるように、あやのの呼吸や動きを“所有”しようとする。


「君はここで、美しく在ればいい。世界は、君を傷つけすぎた。もう何も考えず、音も出さず、ただここに在れば、それでいい」


あやのは、その言葉に、ふっと目を細めた。


「音も出さず」――それは、彼にとっての“完全な所有”だった。




一夜、シークは手を伸ばした。

あやのの頬に、そっと触れようとしたその瞬間。


――カラン。


足元の宝石が転がり、硬い音を立てて床を打つ。

小さなその音に、あやのの身体が緊張した。


彼女は、ゆっくりと顔を上げた。


「この宝石たち、泣いてますよ」


その言葉に、シークの指がわずかに止まる。


「あなたの愛は、砕く音がします。

 それは私の知っている“音楽”とは違う」




力では敵わない。

ここには結界があり、星眼の力も封じられている。

そのことを、あやのは最初から理解していた。


だから彼女は、静かに、日々を観察していた。

ドアの開閉音、香の燃焼時間、侍女たちの足音、警備の配置……

――音のすべてを、記憶し、重ねていく。


それが、彼女にできる“譜読み”だった。


そして、その記譜は“逃走”ではなく、“解放”のためにある。

誰よりも自分を信じてくれる人たちが、外にいると知っているから。


(……司郎さん。梶くん。今は、まだです。

 私は、音を奏でる時まで、沈黙を守ります)


あやのは目を閉じ、深く呼吸した。


宝石の山の中、囚われた小さな妖精は、静かに“音の武器”を鍛えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ