第二十七章 真珠色の視線
パリ市内のとある石造ホテルの一室。
窓辺に座るあやのの髪が、朝の光を受けてふんわりと真珠色に揺れていた。
そこに待っていたのは、《L’Œil du Monde》。
“世界の眼”の異名を持つ、国際的建築芸術誌の記者たちだった。
「天才少女建築補佐」
「光と音を纏う唯一無二の存在」
「ミューズか、それとも設計者か?」
あやのの存在は、パリでの成功以降、静かに――だが確実に、ヨーロッパの各メディアで話題となっていた。
記者たちは、その奇妙な肩書きの正体を探ろうとしていた。
建築でもない、音楽でもない。
だが、彼女がいるだけで空間が“変質”する、と。
「あのときの設計、どのように音を空間に落とし込んだのですか?」
「それは……歩くリズムと、空気の振動を聴くような感覚で」
あやのは丁寧に応じながらも、時折、ほんの僅かに言葉を探していた。
彼女の感覚は、理屈よりも直感に近い。だから説明は難しい。
しかし、取材陣の一人、老練な音響評論家フェルディナンだけが静かに呟いた。
「君は……“聴いている”のではなく、“響いている”のだな」
その言葉に、あやのの瞳が微かに揺れた。
言葉を越えて、どこか本質に触れられた感覚。
その夜、記事は速報で配信された。
「無垢なる建築音楽家:Ayano Makiの正体」
ルーブルの陰、回廊に現れた謎の美少女。
世界中の設計士と音楽家が彼女の足跡を探し始めている。
取材後、司郎は煙草をくわえながら言った。
「お前、もう“ただの秘書”じゃ通らないわよ。世界の眼に映った時点で、あんたはもう一人の設計者よ」
梶原は無言で頷いたあと、あやのの背後に立ち、そっと一言。
「……浮つくなよ。目立つのは、狙われるってことだ」
その言葉は冗談ではなかった。
その夜。
ラグジュアリーホテルのロビーラウンジで、先日の黒服の男が静かにグラスを傾けていた。
「確かに“希少”だ……。所有する価値がある」
隣には中東某国の実業界に名を持つ人物。
静かに頷く。
物語は、華やかさの裏に忍び寄る気配とともに、さらに深い層へと移ろい始めていた――。




