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星眼の魔女  作者: しろ
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第二十六章 パリの夜ー君の為に

パリ・セーヌ川沿いの小さなアパルトマン、夜8時


受賞の翌日。

あやのは、セーヌ沿いの静かな街並みにある一室に案内されていた。


ドアを開けると、部屋の中には――


司郎・梶原・吉田の三人が、エプロン姿で立っていた。


「おかえり、マドモアゼル・あやの」

そう言ったのは、普段は無精なはずの司郎だった。


「今日は君のための“祝賀会”だよ」

吉田がメガネを押さえ、少し照れたように言う。


梶原は無言で、ワインの栓を抜いていた。

もう三本目らしい。


「ご褒美ってやつさ」と司郎が言う。


「苦労かけたんだもん。ちゃんと報いないと、こちとら立つ瀬がない」


あやのは小さく笑った。


「……立つ瀬なんて、考えたこともなかった」


「いいのよ、いちいち思わなくても。受賞したあんたが主役ってだけよ」

司郎はワイングラスを差し出しながら、

「ほら」とあやのに座るよう促す。


テーブルの上には、三人が作った料理が並ぶ。

•梶原の手作りパテとバゲット

•司郎の、なぜか完璧なラタトゥイユ

•吉田の「フランスで学んだ」と強調する謎のクネル(意外と美味)


「料理、全部自分たちで?」とあやのが聞くと、

吉田が軽く肩をすくめる。


「本当は店を貸し切るつもりだったんだけど、梶原がね。

『本人が落ち着ける場所の方がいい』って言って。そしたら司郎さんが――」


「『なら、作るわよ!』って言い出してな」

梶原が、ワインを注ぎながら口を挟む。


「ま、そしたらいつのまにか鍋が3つ回ってたのよ。

あたしは料理人じゃないってのに、仕上がりはどうよ」


一口食べて、あやのはほんの少し目を丸くした。


「……美味しい」


その声に、3人の顔がほぼ同時にほころんだ。


夜も深まり、食事がひと段落すると、

誰ともなく椅子を後ろにずらし、ゆるやかな時間が始まる。


「……ほんとに、ここまで来たな」

司郎がぽつりとつぶやいた。


「建築は残った。名前じゃなくて、“空間”が勝ったのよ。

 ……あんたが目指してたの、間違ってなかったわ」


梶原はうなずき、ワイングラスをかかげる。


「努力、全部見てた。……だから、ちゃんと祝える」


吉田はグラスを見ながら、やや皮肉気に微笑む。


「なんていうか……あまりにまっすぐな人を前にすると、

“おめでとう”って言葉がちょっと照れるな」


「でも言えたね」

あやのが静かに笑う。


「言わなかったら、司郎さんが怒るだろ」


「言わなくても察しろ、って男は嫌いなのよ。

 あんたたち、育ってきた業界が悪いわ。さ、もう一杯いくわよ」


あやののグラスに、最後の一滴が注がれる。


「今日は……うん、ちょっと酔ってもいい?」


「いいとも」

「もちろん」

「酔っても誰も連れて帰らないし、連れて行かない」


3人が、同時に言った。


あやのは笑いながら、グラスを掲げた。


「……ありがとう。ほんとに」



夜は更けて


時計の針は午前1時を回ったころ。

三人はすでに寝落ち寸前。ソファや椅子に分かれて、ぐったりしている。


あやのだけが、そっと立ち上がり、窓辺へと歩いた。


開けた窓の外、セーヌ川の水音が静かに響いている。


この世界で、声を張らなくても、

ただ“建てる”ことで伝わるものがあると知った。


そう思えたこの時間こそが、ご褒美だったのかもしれない。

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