第二十四章 再開ー目をそらさずに見る
パリ・朝10時、展示会場近くのカフェテラス
パリの朝は肌寒く、曇り空が白く広がっていた。
展示会場近くのカフェで、梶原はあやのと向かい合っていた。
2人の前には、カフェオレとクロワッサン。
けれど、あやのの手はまだ温かいカップに触れたままだった。
「……緊張してるのか?」と梶原が尋ねる。
あやのは、少しだけ首をかしげて、微笑む。
「ううん。今日は、空気が冷たいだけ」
そのとき、カフェの入口のベルが小さく鳴った。
ふと、あやのが顔を上げる。
遠くでドアが開く音――そして、そこに立っていたのは、
甲斐大和だった。
スーツケースも持たず、黒のコート一枚。
徹夜明けのような目をしていたが、表情は澄んでいた。
あやのは動かない。
梶原もまた、ゆっくりとコーヒーに口をつけただけだった。
沈黙が落ちる。
パリの街音のなか、そこだけ時間が止まっていた。
やがて、甲斐が口を開いた。
「……よく見えたよ、ライブ中継」
それだけだった。
あやのは返事をしなかった。ただ、その視線を受け止めていた。
梶原が、静かに言葉を添える。
「……朝食、まだなら座ればいい。ここ、温かいから」
甲斐はその言葉に答えず、一歩だけ近づいた。
けれど椅子を引くことも、席に着くこともしなかった。
そして――あやのにだけ向けて、穏やかに言う。
「昨日、気づいたんだ。
君の建築は、誰の“内側”にも留まらない。
……それを“自由”って呼ぶんだな」
あやのの目に、微かな揺れがあった。
甲斐はそれを最後に、ひとつ息をついて、背を向ける。
「会えてよかった。……じゃあな」
その背中は、もう縋るような未練を帯びてはいなかった。
ただ、別の場所に立つ者として、敬意を持って去っていく背だった。
梶原がカップを置いて言った。
「……来ると思ってたか?」
あやのは、わずかに笑う。
「ううん。でも、ちゃんと見てくれたんだと思う」
風が通る。
クロワッサンの香ばしい香りが、空気に混じった。




