第十九章 対抗陣営、沈黙を破る
会期三日目。
ついに、**「アルテク・グローバル・アーキテクチャーズ(AGA)」**が展示を公開した。
パリ市内の旧工場跡地。
鉄の柱に囲まれた広大な空間に、鏡面ガラスと黒鋼材で組まれた、巨大な多面体構造がそびえ立つ。
構造は複雑だが、緻密に計算されており、空間のすべてが完璧に“支配されて”いる。
照明、音響、映像、データ。訪問者の移動すら、すべてアルゴリズムで導かれていた。
「これは……空間ではなく、支配された経験だ」
司郎が眉をひそめる。
「美しいけど、息が詰まる」
あやのも小さく呟いた。
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アルテク陣営のプレゼン
壇上に立ったのは、アルテクの主任設計者、フレデリック・ダルザン。
40代後半、洗練された物腰、だが目は冷たい。
「我々の建築は、人間の感性ではなく、都市そのものの論理に従っている」
「無駄な情緒を排し、情報と構造を最適化し、都市にとって“必要な風景”だけを残すこと。それが、これからの建築です」
その言葉に、ある者は拍手し、ある者は沈黙した。
「……かつて建築家は“神”だった。だが今や、アルゴリズムこそが神だ。我々はただ、正確に従うのみです」
司郎はその場で、ポケットのチョークを握りしめた。
「バカ言ってんじゃないわよ……あたしは、都市に逆らうために図面引いてんのよ」
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観客の動き
展示終了後、来場者の流れが分かれ始めた。
圧倒的な完成度を誇るアルテク。
静かな余白と記憶を奏でる「司郎デザイン」。
二つは、まるで対極の哲学だった。
だが、メディアは早速アルテクに偏っていた。
「AIを活用した“反建築”の極北」
「圧倒的な制御。これはもう、建築というより都市OSだ」
展示審査の仮予告では、アルテクが優勢と報じられる。
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その夜。司郎とあやの、屋上で
「正直、こわいです。ああやって“完璧”を見せられると、私のやってることなんて……」
あやのが屋上でカップの珈琲を抱えて言った。
司郎は、火の点いていない煙草を口に咥えたまま、空を見た。
「完璧に設計された空間ってのは、死んでるのよ。それはもう、誰にも変えられないから」
「……でも、私の展示は、未完成です。きっと“評価されない”」
「それでいいじゃない。誰かに点数つけてもらうために、あんた作ってんの?」
あやのは言葉を失う。
「もし評価されたいなら、作るのやめな。もっと“うまくやる”べきよ。でもな、それはあたしじゃないし、あんたでもない」
静かな沈黙のあと、司郎がふっと笑った。
「“誰もが答えを知ってる世界”で、問いを差し出せる建築家なんて、今どきもう貴重よ」
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翌朝。青い封筒の再来
展示会場に戻ったあやのの足元に、小さな封筒が落ちていた。
差出人はない。だが、色はあの時と同じ、深い青。
中には、シンプルなメモが一枚。
“Beauty is not completion. It’s permission.”
(美しさとは完成ではなく、“許し”である)
“Don’t build answers. Build questions.”
あやのはゆっくりと顔を上げた。
礼拝堂で吊るした、あの“音のない図面”が、いま、問いとして浮かび上がる。




