表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
113/508

幕間「ぬるむ手」

夕餉の片付けを終えた後のキッチンは、湯気の名残がまだ空気に漂っていた。

あやのはふわりとした部屋着に着替え、湯呑みを片手に窓辺に立っている。


「……あったかい」


そう言って、湯呑みを両手で包んだ。


梶原は黙ってその姿を見ていた。

壁にもたれたまま、手にしていたタオルをぽんとテーブルに置き、ゆっくりと近づく。


「寒くなるぞ。ひざ掛け、いるか」


その声は淡々としていて、いつものようにぶっきらぼう。

けれど、微妙に間が長かった。言うかどうか、少しだけ迷ったような、そんな沈黙が混じっていた。


あやのは答えず、首をすこしだけ傾ける。

その仕草に、梶原はひとつ息を吐くと、ソファの背に掛けてあったひざ掛けを取り、何のためらいもなく彼女の肩にふわりとかけた。


──一瞬、視線が交わる。


夜の静けさに包まれた空間で、二人だけの呼吸がふと合った。


「……ありがと」


「ん」


それだけのやりとりだった。


でも、ふたりの間には、何かが確かに流れていた。

旅先の喧騒の中では見えなかった微細な情。

音のない生活に戻ってきたからこそ、感じとれる「気配」が、そこに宿っていた。


梶原の手は、かつて刀を振るい、何百年も戦ってきた男の手だ。

無骨で、傷だらけで、優しさとは縁がないように見えた。


──けれど、あやのは知っている。

この男は、命を守るための手をしている。誰かのために、未来のために。


ひざ掛けの端をそっと握りながら、あやのは頬を少しだけ染めて、湯呑みを持ち直した。


窓の外では、木枯らし一号が東京の街に吹き抜けていた。


けれど、「出るビル」の中は、静かに、確かに、あたたかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ