表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
100/508

第一章 沈黙の劇場へ

灰色の雲が垂れこめる空の下、ヨーロッパ西部の国境沿いにひっそりと佇む町。

人々の記憶からも半ば忘れ去られた場所に、その劇場はあった。


“Teatro Silencioテアトロ・シレンツィオ

──静寂の劇場。


石造りの外壁は蔦に覆われ、木製の扉は年月に風化し、軋んだまま開かない。

劇場が最後に幕を上げたのは、1917年の冬。

戦争と疫病により多くの人が命を落としたその年を境に、音は途絶え、沈黙が永遠を支配していた。


グレイマン、司郎、あやの、ヘイリー、そして梶原は、現地に足を踏み入れていた。

薄靄のなか、鳥のさえずりさえ聞こえない静けさ。

町の住民たちは劇場に近づかず、忌避の念を隠さない。


「……いわくつきだな」と梶原が呟く。


「それだけの空間だということよ。音が凍ったままになってるの」

あやのは凛とした声で応じた。


建物に近づくにつれて、あやのの瞳が深く、金色を帯びる。

彼女のその瞳が、閉ざされた音の記憶を探ろうとしていた。


グレイマンが彼女を見つめ、短く言う。


「かつて、音楽で死者を弔う“声の司祭”がいた。この劇場は、彼らの最後の聖域だった」

「音が途絶えた理由は、災厄でも政治でもない。“恐れ”だ。音が人の心を暴くことへの」


司郎が、分厚いドアを一瞥し、スケッチブックに何かを書き始める。


「……強度は保たれてる。構造は奇跡的に生きてるな」


「けど、魂がいない」とあやのが呟く。


グレイマンはゆっくりと頷いた。


「だからこそ、君に来てもらった。あのSoundGardenで“死者の耳”を開いた君に」


劇場の鍵はすでにグレイマンの手にあった。

彼が静かに差し込むと、錆びついた音と共に、扉はぎぃ、と開いた。


──そこは、時の止まった異界だった。


埃をかぶった座席、瓦解しかけた天井画、

そして中央に置かれたままの、かつての指揮台。


あやのが一歩踏み出すと、床がかすかに鳴る。

まるで誰かの声が、遠くで揺れているかのように。


そのとき、彼女の胸の奥で、何かが共鳴した。


──声なき歌。


あやのは瞼を閉じ、静かにハミングを始めた。

あのSoundGardenで歌った旋律の原型。

古い木が軋む。埃が舞い、光が差し込む。


劇場が──音に呼応して息を吹き返し始めた。


グレイマンは小さく笑った。


「始まったな。この劇場の“目覚め”が」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ