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第6話 傷を見せる場所

日曜日の午後。

曇った空の下、悠真は小さな集会所の前に立っていた。


「犯罪被害者遺族の会」と書かれた白い立て看板が、風に揺れていた。


千紗が亡くなってからというものの、区役所の職員に紹介されていたが、気が乗らずこれまでずっと足が向かなかった。

けれども、何も変わらない日々のなかで、希の無邪気な言葉だけが胸に刺さるようになっていった。


これまで、できる限り子どもには弱みを見せないように振る舞ってきたつもりだが、そうしていくうちに自分の心の中に「泣く場所」がないことに気づいた。


誰にも、胸の内をさらけ出せない。そして、さらけ出しても理解されない。

だからこそ、今、ここに足を運んだのかもしれない。


---


10人ほどの方々が、丸椅子に腰掛けて静かに時間を待っていた。

年齢も性別もさまざまだが、誰もがどこか、同じ影をまとっているようにも見えた。


ファシリテーターの中年女性が会の趣旨を説明し、それから「今日初めての方は……」と声をかける。


悠真はゆっくり手を挙げ、名乗った。

「……朝倉です。先日妻を亡くしまして。……事件で」


周囲から「よろしくお願いします。」と、控えめな声が返ってくる。

そのあと、ひとりずつ順番に話を始めた。



---

「……うちの息子は通り魔に刺されました。就職祝いで友達と飲んでいて、帰る途中で……。犯人は今、精神病棟にいます」


「私の娘は、いじめで飛び降り自殺しました。加害者たちは“冗談だった”と。学校も“確認できなかった”の一点張りです」


「……夫を交通事故で。相手は飲酒してたけど、逃げて、あとから出頭したからって、執行猶予になりました。」


それぞれが、淡々と語る。けれど、その奥には、膨大な怒りと悲しみと、諦めが渦巻いているのがよくわかる。


悠真は、千紗の死を語る番になっても、なかなか口が開けなかった。


「……悔しいです。何もしてないのに……。何もしてなかったのに、死ななきゃならなかったのが、悔しくて」

だが、胸が詰まり、ようやく出た言葉は、ただそれだけだった。


女性がひとり、小さくうなずいた。

「そうですよね。うちもそうです。“偶然”って言葉が、一番、憎たらしい」


「“運が悪かっただけ”って、みんな言うけど、じゃあ、次は誰なの? って思いますよね。いつだって罪がない人…何もしてない人が死んで、殺し人だけがのうのうと生き残って。いつだって、“殺された人が負け”なんですから」


言葉は、どこまでも静かだった。決して誰も怒鳴るわけでもなく、泣き叫ぶわけでもない。ただ深いと絶望感と喪失感に打ちひしがれるている様子だった。

そして、日常の奥底に沈んだ重しのように、どの話も強く重くのしかかった。



---


会の終わり際。

ひとりの初老の男性が、最後にこう言った。


「……もう、私たちには“希望”なんてものはないんですよ。ただ、生きてるだけ。心は、とっくに死んでいますよ」


その言葉に、誰も反論しなかった。

悠真もまた、その沈黙の中にいた。

自分はまだ、ちゃんと泣けてすらいない。怒りも、悲しみも、全部心のどこかで凍ってしまっている。


けれどこの場所には、その“凍ったままの心”を見せてもいい人たちばかりだった。


家に帰るとき、少しだけ足取りが軽くなっていた気がする。


---


その夜。

希が眠ったあと、リビングで湯を沸かし、コーヒーを飲みながら、悠真はひとり呟いた。


「……みんな、きっと壊れたまま、生きてるんだな」


自分もその一人なのだと、初めて、少しだけ認められた気がした。


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