09.仲間の握手
「いやしかし……またド派手にやったな……」
凄まじい崩壊具合を見せる路地裏の風景。焼けて黒くなった壁を片手で触り、指に付着する黒い灰に目を向けながら、高瀬は「ほんとに大丈夫?」とハクアと白柄木を振り返った。
ふたりはコクコクと頷いている。どうやら問題はなさそうだ。
「こっちの心配より、自分の方を気にした方がいいと、ハクアは思うのだけど?」
「え? あー……正直すまんかった」
ぺこりと頭を下げる高瀬。後ろ頭に手を置きややズレたメガネの下で笑う彼は、「なんか、わかんなくなってさ」と口にする。
「まあでも、今はわかんないなりに考えまとまったから別にいっかなって。心配かけてごめんよ?」
「ハクアは心配なんて……!」
「あり? そうなのか?」
「……ふ、フン!」
照れた様子でよそを向くハクア。そんな彼女にヘラヘラ笑う高瀬は、「鉄平くんもありがとな」と立ち上がる白柄木に感謝を告げた。白柄木は「えへへ……」と笑いながら涙で濡れた顔を拭っている。
「しかし、なんでまた襲われてたんだ?」
「あ、えっと、それが……」
言い淀む白柄木。そんな彼の言葉を取り上げるように、ハクアが言う。
「……恐らく、このポンコツはハクアと契約をして力を得たかったのだと思うのよ。まあ? 今のハクアにはヒサシという契約者がいるからどの道無理な話なのだけれど……それよりも、気になることがひとつあるのね」
「「気になること?」」と高瀬と白柄木の声が揃った。ハクアは頷き、倒れた築地を見下ろす。
「コイツ、さっき首に何かの液体を注入してた。恐らく、ソレは一時的に対象者の力を増幅させると同時、思考を鈍らせ理性を崩壊させる薬物かなにかだと思うのね」
「そんなことわかるんですか……!?」
「推測だけれど、一応。……しかし、そうなってくるとめんどくさいことになりかねないのよ」
それはどうして?、と問うた高瀬に、ハクアは深々とため息を吐き出しながら言った。そして、少し黙った後、彼女は顔を上げてこう告げる。「悪神がいる可能性がある」、と……。
「あく……」
「……しん?」
ふたりが間の抜けた声を発すので、ハクアは思わず彼らを凝視。若干驚いた顔で、「まさか知らないのかしら?」と目を瞬いた。
ふたりは顔を見合せ、すぐにこくりと頷く。
「……異世界人というのはそこまで無知なの? それでよく……いや、やめるのよ。こういうことを言っても現状は変わらないのね」
やれやれと首を振り、ハクアは「説明するのよ」と腕を組む。そんな彼女を、無知なるふたりは黙って見つめた。
「まず大前提として、この世に神がいることは知っているかしら?」
「ああ、五人の神ですよね。確かとても強い力を持っているのだとか……」
知っていますと白柄木。それに頷いたハクアは、説明を続ける。
「そうね。その神の、謂わば分裂したと言っても過言では無い化身のような存在……それが、ハクアたち八つ神なのよ」
「やつかみ……」
こくり。
ハクアは頷く。
「八つ神とは、主たる神に成り代わり世界の秩序を守る存在。多忙なる神を支え、神のために生き、神のために死ぬ存在……故に化身、なのよ」
「へー……なんか肩こる感じだな」
「お前の矮小な脳ではそう感じても仕方ないのかしらね。でも、ハクアたち八つ神は、この立場をとても光栄に思っているのよ」
「ふぅん? なんで?」
「誰しも、憎しみは消せない。そういうことよ」
どことなく悲しそうに告げたハクアに、首を傾げる高瀬。その隣、白柄木が不思議そうに「憎しみ……」と呟いている。
なんだかよく分からないが、ハクアにも重い事情というものがあるのだろうか?
「……まあ、その話は置いといて──その八つ神なのだけれど、名前の通り、八人いるのね」
ひとつ、病神
ふたつ、悲神
みっつ、賢神
よっつ、楽神
いつつ、多神
むっつ、無神
ななつ、厄神
やっつ、悪神
「これらはそれぞれが持つ名前により、秘めたる能力が異なるのよ。例えばハクアは賢神。賢い神。故にその頭脳はこの世の何物よりも回転が早く、また多くの知識を有している」
「知識を有する……つまり、生ける図書館みたいな感じってこと?」
「すごく癪な例えだけれど、まあ概ねそういうことで間違いないのね……」
不満げに告げるハクアに、高瀬が「なるほど」と手を叩く。
「つまりハクアさんは歩く図書館ってわけか」
「殴るのよ」
「それは勘弁」
「で?」と高瀬。その八つ神の中に悪神たるモノがいるのはわかったが、何故それがめんどくさいことになりかねるのかを、彼はハクアに問う。彼女はその質問を受け沈黙。暫く瞼を伏せてから、そっと目を開けて高瀬たちを見た。
「悪神はその名の通り、悪たる神。悪事を働くのが、ヤツの存在理由。そして奴は、他の八つ神の中でも特に同じ八つ神に執着している」
「……つまり?」
「……ハクアたちは狙われる立場にある、ということなのね」
オーマイガッ!、と高瀬は頭を抱えた。白柄木もあわわ、と震えており、その顔色は若干青い。
ハクアはふたりの男の様子にこくりと頷くと、「そういうことだから」と組んでいた腕を解く。そうして、「街を出るのよ」と高瀬を見た。ふたりが「へ?」と声をこぼす。
「街を出る、って……」
「……それだけ? でいいんですか?」
「それだけもなにも、ヤツに見つかる前だったらとても効果的な作戦なのね。まあ、見つかった後だったら、あまり効果はないのだけれど……」
ちょっと自信なさげに告げるハクアになるほど、と頷くふたり。彼らはまた互いに顔を見合わせると、そっと視線を倒れた築地へ。泡を吹きながら白目を剥いている彼を見て、「わぁ……」と若干引いた声を落とす。自分たちがやった結果の姿にせよ、ヒトのこんな様相を見るとなんとも言えない気持ちが湧いてしまう。今度からはもうちょい気をつけて対処しなければ……。
「……とりあえず、このアンポンタンをどうにかするかしらね」
「……そーね。それが良い」
「あ、なら僕が近場の医療施設に連れていきます。元はといえば僕の仲間だった方ですし……最後くらい、貢献しないと……」
白柄木は言って、「高瀬さんたちは、手遅れになる前にはやく街を出てください」と笑った。高瀬はそれに目を瞬くと、「え?」と疑問をひとつ。とても不思議そうに白柄木を見た。
「鉄平くんは来ないの?」
「……え?」
「え、あ、いや……てっきり一緒に来てくれると思ってたんだけど……ほらなんかこう、こういうので仲間になるパターン、ありそうだし……」
「……」
「……すんません」
謝る高瀬に、「あ! いや!」と白柄木は慌てたように手を振った。そして、じわりと目元に涙を浮かべると、「なんか、その、認められたみたいで嬉しくて……っ」と鼻をすする。
ハクアが呆れたように「泣き虫デブ丸」と一言。高瀬は即座にそんなハクアの口を塞ぎ、ヘラリと笑う。
「い、嫌なら別にいいんだけどさ……」
「い、嫌だなんてそんな!! そんなことないです!! ぜひ、ぜひ僕もご一緒させてくださいッ!!」
「ア、ハイ」
白柄木の勢いに押されつつ、高瀬は笑った。笑って、ズレたメガネの位置を正すと、ボサボサの髪の下で、今度はくしゃりと笑ってみせる。情けないその笑みに、白柄木もまた、笑みを浮かべた。
「改めまして、高瀬ヒサシです。よろしく」
「白柄木鉄平です!! よろしくお願いします!!」
そうして交わされる握手。
固く握られたそれに、ハクアが「むさい友情なのよ」と呟いていた。




