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08.ふくよかな赤い王様

「ヒサシ……ヒサシ……」


「……」


「……全く、いつまでそうしてるつもりなのよ」


 宿に戻ってしばらく、起きたハクアを降ろし、ベッドに包まる高瀬。何かを恐れるように毛布を被り動かなくなった彼を困ったように見つめ、ハクアはそっと息を吐き出した。とにもかくにも、このままでは埒が明かないと、彼女はおかみに食事をもらうべくひとり部屋を出る。


 ハクアが高瀬と出会ったのは昨日のこと。故に、高瀬のことを、彼女はまだ何も知らない。

 彼が何を考えているのかも、なぜ落ち込んでいるのかも、どうしたら元気になるのかも、なにも……。

 でも、わかることがひとつだけある。


「豪勢なメシが食いたい、です」


 あの時、確かに言っていたセリフ。彼のちっぽけで拙い願い。

 ハクアはあの時から、高瀬を信用している。信頼までは程遠いが、しかし、賢神と畏れられる自分が気を許してもいいと思えたのは確かな事実。


 あの時の願いを叶えてやれば、少しくらいは元気になるだろう。


 思い、ハクアはおかみの元へと向かう。そうして、食事をもらおうと仕事中の彼女に声をかけようとした、その時だ。


「あ、あの……」


 突如声を掛けられ、彼女は不満感を隠すことなく振り返った。そして、そっと目を見開く。

 彼女が振り返ったそこにいたのは、あのふくよかな男。相変わらず変な王様みたいな衣装を身に着けた彼は、どこか困ったようにハクアを見下げ、へらりと笑う。


「おひ……とりですか?」


「……お前に答える義務があるかしら?」


「いや、ないですね……はい、ありません……」


 しょもんと落ち込む男に、少しだけ、今の高瀬が重なって見えた。

 ハクアは小さく開けた口を閉じ、そして腕を組んでよそを向く。そうして、「ヒトはどうして落ち込むのよ」と声を発せば、男──白柄木は目を瞬いてこう告げた。


「辛くなるから……だと思いますけど……」


「……どうしたら、元気になるのね」


「えっと……高瀬さんに、なにかありました?」


「……」


 黙りこくるハクアに、白柄木は沈黙。どこか羨むように微笑みを零すと、「あの、一緒に来ていただけませんか?」と彼女に訊ねた。ハクアが顔をあげる。その視線の先で、白柄木は困ったような顔をしていた。

 どこか情けないその顔を見ながら、ハクアはゆるりと首を横に振る。


「生憎と、おまえと遊んでる暇はないのよ」


「……高瀬さんの、喜びそうなことがある、と言っても?」


「!」


 驚いたように白柄木を見上げるハクア。そんな彼女に穏やかに笑む彼は、「こっちです」と扉を開き宿を出ていく。

 ハクアは少し悩んだ後に、その後を追いかけた。今はとにかく、高瀬をいつも通りにしたいから……。ただその一心で、追いかけた。


 どこか覚束無い足取りでフラフラと歩く白柄木を追って、街の中を進むハクア。暫くして薄暗い路地の真ん中で立ち止まった白柄木に、彼女は疑問を浮かべるように訝しげな目を向けた。そして、訊ねる。


「おい、おまえ──」


「……逃げてください」


「……は?」


 振り返る白柄木の顔は、ひどいくらいに青ざめていた。小さな目にはそれを覆うほどの大量の涙が浮かべられており、ハクアは思わず言葉を失くして彼を見る。

 明らかに尋常でない彼の様子に狼狽える小さな少女。そんな彼女に、白柄木はさらに言葉を続けていく。


「逃げて……逃げてください……! 高瀬さんのことは、僕が何とかしておきます! だから……っ!」


「おまえ、何言って……」


「はやく! でないとあの人たちが──!!」


 スパン!、と小気味よい音を立て、白柄木の横っ面が叩き飛ばされた。お陰で無様に地面を転がった彼を蹴り飛ばすように現れたのは、今朝の男──築地良平。その背後には彼の仲間だろう、三人の冒険者の姿が存在していた。いずれも高そうな装備品を身につけているが、果たして彼らのレベルはどこら辺なのだろう。


「おーおー、デカ丸くん。いっちょまえに裏切り行為ですかぁ?」


「うっ、ぐっ……!」


「はは! まあいいや。俺らの目的はそっちの賢神様だしな」


 言ってドカリと白柄木を蹴り飛ばした築地は、そのままハクアの方へ。睨むように己を見る小さな彼女を見下げてから、ニタリと、下卑た顔を浮かべた。


「よ~お、賢神様? 今朝はどーも、コケにしてくれやがりましたねえ~?」


「フン。おまえのような雑魚に取り合う暇は生憎とないのよね」


「んだと餓鬼……」


 怒りに顔を歪ませた築地に、ハクアは鼻を鳴らした。かと思えば、片手を横へ。伸ばしたその手に魔力を溜めると、狼狽える築地たちを前、ソレを振るう。


「ラクセリュート!」


 ゴオッと音がし、炎柱が地中より噴き出した。突然の攻撃に悲鳴をあげて逃げる仲間たちを背後、築地は口端をあげ、懐より取り出した一本の注射器を首に刺す。そうしてその中に溜まっていた透明な液体を注入すれば、途端、彼はゲラゲラと笑いを零しながら腰元の鞘から雑に剣を引き抜いた。引き抜かれた剣が、チリチリと燃えるように黒く染まっていく。


「! アレは……!」


 まさかと目を見開くハクアを前、「ゲハハァ!!」と高らかに笑い噴き出す炎柱を斬り捨てる築地。彼がまるで獣のような動きで向かい来るのを、咄嗟に風魔法で吹き飛ばし、彼女は大きく顔を歪ませた。吹き飛ばされて尚駆けてくる築地は、完全に壊れた目をしている。つまり、彼は、恐らくではあるが“アレ”を使用した確率が高い。


「チッ!!」


 打ち鳴らされる舌。共に放出されるは巨大な魔力。その塊。

 周囲を焼くほどの強いソレを受け、その身がチリチリと音を発そうが、築地が止まることはない。むしろ壊れてしまった彼は、それすらも悦だというように高く、高く笑っている。


「き、築地さん!!」


 まだ進もうとする築地を、起き上がった白柄木が止めるために前に出る。涙と鼻水を垂れ流しながら「やめてください!! お願いです!!」と懇願する彼を、築地は容赦なく攻撃した。なんとか防御魔法で防いだ攻撃は、されど止まることなく続けられ、それに、白柄木はまた涙を増させる。


「ッ!!」


「退くのよデブ丸! ソイツにこちらの声はもう届かない! おまえの言葉は通じないのよね!!」


「っ、退かない!!」


 叫ぶ白柄木。ぐしゃぐしゃな顔をそのままに、強く魔法の杖を握りしめる彼は、「退かない! 退くもんか!!」と大きな声を上げて築地の攻撃を防ぎ続ける。


「ぼくは、僕はあなたたちを傷つけさせない!! あなたたちを苦しませない!! そう、そう誓ったんだ!!」


「……どうして、そこまで……だって、ハクアたちとお前は、昨日会っただけの……」


「お礼、言ってもらえたの、はじめてだったから……っ!!」


 バキンッと割れた防御魔法を再度構築し直し、白柄木は言う。


「名前、褒めてもらえたのもっ、道案内してるだけの僕に、やさしく話しかけてくれたのもっ、君たちがはじめてなんです……ッ!! はじめてだったんですっ!! だから、だからっ、守りたいと思ったんですっ!! あなたを、高瀬さんの、ふたりの居場所をっ!!」


「……そんなの……」


「……一般の人にとっては、きっと、”そんなこと”って言われるようなちっぽけなことです……でも! でも、ぼくはうれしかった……ぼくにとっては、”それだけ価値があること”だったんです……ッ!!」


 弾かれる魔法。再び構築したそれをつよく展開し続けながら、白柄木は鼻水を啜った。すでに涙でぐしゃぐしゃの顔は、それでも挫けない強さを宿している。


「どんな悪意からも守りたいと思った、君たちの関係を壊されたくなかった、僕は、ぼくも! 君たちのようになりたいと思ってしまった! だから……だから!!」


「ごちゃごちゃあ、うるせえんだよォ!!」


「うっ!? ギャッ!!」


 赤い鮮血が舞い、白柄木がよろける。しかし、強く地を踏み踏ん張った彼は、築地の焼けた体に飛びつくようにタックルをかまし、そのまま自分諸共倒れ込んだ。

 ハクアがその名を呼べば、白柄木は叫ぶ。「逃げて!!」、と。


「僕が築地さんを食い止めます!! だから今のうちに!! はやく!!」


「ど、けええぇえええええええ!!」


 大きく叫び剣を振り上げた築地。その切っ先が真っ直ぐに白柄木を狙うと同時、どこからともなく飛んできた剣が築地の持つ剣を弾き飛ばした。

 驚きに目を見開く面々の中、ゆっくりとその場に現れた”彼”は、「『オープン』」と一言。現れた穴から新たな剣を引き抜くと、戸惑うハクアの横を過って築地たちに向かっていく。


「た、たかせさ……」


「……」


 彼──高瀬ヒサシは、戸惑う白柄木にやさしく微笑むと、目を見開く彼を蹴り飛ばした築地を確認。かけたメガネを押し上げてから、向かい来る彼に手にした剣を構えてみせる。


「ガアアァアアアアアッ!!」


 振りかぶられる拳。それを剣の刃で受け止めた高瀬は、そのまま流れるように築地の顎下を柄の部分で殴りつけると、意識を飛ばしかけた彼を一瞥。鋭い二発目をその首裏に叩き込み、彼が完全に気を失ったのを確認してから剣を仕舞った。

 その早業に声を無くす者らを振り返り、そして、彼は一言。


「怪我はないか?」


 案ずる彼に、白柄木は号泣。ハクアは深く息を吐き出すと、「あるわけないのよ」とよそを向いた。

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