02.冒険のはじまりは突然に
ザクザクと土を踏み締め歩くこと数十分。
高瀬は小高い丘の上からようやっと抜け、銀色に輝く木々に囲まれた森へと入ることが出来ていた。見たところ、木々が輝いている以外は普通の森だが、さて、ここにはなにかあるのだろうか……。
未知への遭遇と並々ならぬ期待にワクワクする高瀬。そのまま森を進む彼は、ふと、聞こえてきた声に足を止めた。何かをでかでかと話しているその声は、どうやら高瀬の右前方より聞こえているようだ。
彼は慌てて適当な茂みに身を隠す。と同時に、声の主であろうふくよかな男がひとり、デシデシと足音をたてながら高瀬の視界の中に現れた。王様のような真っ赤なマントと金色の王冠を身につけたそれは、片手に魔法使いが使うような木製の杖を携えふてぶてしく歩いている。
「けぇー、ココも違うじゃねえか」
ふくよかな男は言って、ガツン、と近くにあった木を叩いた。それにより、美しい木から宝石のようなものが幾つも落下してくる。何事か。
非現実的な光景を前、目を見開く高瀬。そんな高瀬の前方、男は落ちた宝石たちに目を向けることなく高瀬の前を過ぎると、「俺の愛しのエンジェルちゃ〜ん?」と、謎の言葉を発しながらその姿を眩ませていった。高瀬は彼が居なくなったのを十二分に確認してから、落ちた宝石の傍へ。キラキラと輝くソレをそっと指で摘むと、己の目の前に掲げてみる。
「……ホンモノ? ニセモノにしてはよく出来ているような……」
言いながらとりあえず宝石をズボンのポケットに詰め込み、彼はそのまま、ふくよかな男が向かった方とは反対側に足を進めた。ポケットの中が若干重いが、それは気にせずに彼は奥へ奥へと進んでいく。
やがて、ある程度歩いたところで、周囲の気温が僅かながらも下がっていくのが衣服越しに感じられた。思わず肌をさするように腕に手を当てれば、共にキラリと視界の中で何かが輝く。
慌ててそちらを見れば、まぁるい光がふわふわと浮いているのが確認できた。しかも、その光には羽が生えているようで、羽はパタパタと一生懸命上下に振り動かされている。
「……コンチハ」
とりあえず挨拶。
小さく頭を下げた高瀬に、飛ぶ光は驚いたように飛び跳ねた。
「あ、言語通じる感じ? あのぉ、ココがどこか聞きたいんだけど、キミ、喋れたりする?」
「……!」
「あ、話せないのね。おーけー了解」
白くなる息を自然と吐き出し、高瀬は「あったまれる場所とかあるかな?」と光に問うた。光はオロオロと暫く揺れた後、そっと高瀬の前へ。なにかを確認するように停止すると、少しして、まるで着いてこい、というように進み出す。
どうせ止まっていても現状は変わらない。ならばついて行く方が得策だろう。
コンマ数秒で判断し、高瀬は足を動かし光を追った。
◇◇◇
暫く歩きたどり着いたのは、銀色の木々が、まるでトンネルのように形を変えた、僅かばかり開けた場所。その奥だった。
美しい木々が囲むように存在するそこは、どうしてか先程よりもあたたかな温度を保っている。
高瀬はひょこひょこと動く光を横目、その場で異様に目立っている太めの木の傍へ。どことなくでっぷりとしたその大木の幹に触れてみれば、熱を感じて咄嗟に手を引っ込める。
「なんだ? ココだけやけに……あつい……」
言った瞬間、ポコン、と真横で音。目を向ければ、そこには透明な、小さな画面が存在しており、その画面には『賢神クエスト』の文字がでかでかと表示されている。
高瀬は沈黙。
そっと画面に触れてみた彼の目前、軽快な音と共に画面内の文字が変化する。
『クエスト名:賢神・ハクアの目覚め
クエスト内容:賢神・ハクアを目覚めさせる
クエスト達成報酬:金貨二千マイル+レベルアップボーナス二千万pt獲得
特別報酬:スキル賢神の宝物庫を獲得』
はて、賢神とはなんぞや。
疑問に思いつつ、高瀬は視線を大木へ。脈打つように光りだしたそれを見て、小首をかしげて一歩前に出る。そうしてそっと、恐る恐る大木の前へ。ゆっくりと近づいてから、コンコンッと軽い音を響かせながら幹を叩く。
『何者だ』
聞こえた低い声。
高瀬は驚き飛び上がると、そのまま勢いよく後退。ビビりあがりながらあちこち見回し、視線を大木の方へ。依然光り続けているそれを確認し、ゴクリと喉を鳴らす。
「た、高瀬ヒサシ、と言います……」
『高瀬? 聞いたことのない名だな。貴様、どこからココの情報を仕入れてきた』
「情報……? いや、俺はただ単にあったまれる場所を探してココに来たのですが……」
『なに? では、ワシのことは知らぬと申すか』
「ア、ハイ。存じません……」
『……』
光が怒るように強さを増す。そのあまりの眩しさに慌てて目元を覆い隠しながら、高瀬は「あ、ちょっ!? は、ハクアさんって名前は知ってますう!!」と情けない声をあげた。
光がほんの少し弱まった気がする。
「けけけ、賢神・ハクアさんを目覚め! させろとかなんとか! なんか指令? 来てますけど、俺は別に嫌なら目覚めないでもいいと思うので! とりあえず来た道戻ってもよろしいでしょうか!?」
『ならん!!』
「はいすいません!!」
思いの他大きな声で拒否られ、高瀬は泣く泣く弱まった光の中そっと顔を上げてみた。そうして大木を確認した彼は、そこにぽっかりと空いた漆黒の穴を見つけ、つい目を瞬く。
こんな穴さっきまであったか?
いや、なにもなかったような……
思考する高瀬に、姿の見えぬ声は『名を』と一言。もう一度名乗れと言うそれに、彼は狼狽えながらも背筋を伸ばして応えていく。
「た、高瀬ヒサシ……」
『種族は?』
「え? に、人間?」
『貴様は力が欲しいか?』
「そ、りゃあ……ほし……いかもしんないす……」
『そうか。では最後の質問だ』
”高瀬ヒサシは、大いなる力を得て何をしたい?”
問われたそれに、高瀬は思考。顎に手を当て考え、やがてポンと手のひらを叩いて顔を上げる。
「豪勢なメシが食いたい、です」
『……』
「いや俺、この前引っ越したはいいけど、貯金元カノに持ち逃げされて殆どなくて……最近牛乳と食パンで飢えを凌いでるから、マジでなんかほら、美味しいもの食べたいってか……なんていうか……」
『……ぷふっ』
『あはは!』と、少女のような軽やかな笑い声がした。思わず固まった高瀬の前、ゆらりと黒い穴が揺らめきを見せる。
『折角力を手に入れられるのに、それを得てしたいことがゴハンを食べたいなんて! よくわからんヤツなのね、おまえ』
「え? あ、はい……ども……」
『ふふ、良いのよ。気に入ったのね。ハクアは面白いモノは大好きだから、おまえと”契約”を交わしてやるのよ』
「え?」と間の抜けた声を発すと同時、漆黒の穴から飛び出す無数の手。闇色に染まるそれに驚愕の悲鳴をあげながら尻餅をつく高瀬を前、手たちは重なるように形を作り、やがてひとつの繭となる。
『さあ、タカセ。手を伸ばして。そうして、ワタシの名を』
穏やかに、促すように声は言い、高瀬は戸惑いながらも言われた通りに。その場で尻餅をついたまま、黒い繭に手を伸ばした。そして、ゆっくりと口を開く。
「ハクア」
ボウッと紫色の炎が繭を包む。勢い良く燃えるそれに目を見開いたのも束の間、座り込む高瀬の前に、ひとりの少女が現れる。燃える繭から出てきたその少女は、優美に笑い、一言。「ハジメマシテ」を口にした。




