13.本当のココロ
破裂音のような、高い音が周囲に響く。巨大な魔力により熱されたその場で、女は愉しむように扇子を振るい雷の刃を生成していた。彼はそれを避けながら深く、深く息を吐く。
知らぬは仏という言葉があるように、知らぬ存ぜぬならばどれほど良かったことだろうと、そんなことを思ってしまう。それほどまでに、この現実は彼に戸惑いを与えさせた。
目の前でニヒルに笑う女。
その腕に、捕らえられるようにつかまっている小さな少女。
じたばたともがき、苦しげに眉を寄せるその少女を前、彼はギリリと奥歯を噛む。
こんな、こんなことになるのなら、いっそ。いっそ彼女の存在を知らなければよかったのに……!
そうすれば、彼女は力を失うこともなかった。そうすれば、こんな輩に負けることもなかったのに……!
「おやおや、もう終わりかえ?」
女は言った。酷く大きな態度で。
黒に赤の混じる扇子を優雅に揺らす女に、彼は低く腰を構える。
どの道、この『ゲーム』からは逃げられない。だとしたら、やることは、やれることはひとつだけ。
「『オープン』」
パカリとなにかが開く音と共に、手元に四角い穴が空く。そしてそこから伸びてきた剣の柄を強く掴むと、彼はそのまま、勢いよくソレを引き抜いた。
「やる気か?」
女が笑う。彼はその笑みに答えを返すことなく、強く、地を蹴り走り出す。
向かい来る刃を跳躍で交わし、そのまま宙で体を捻り振るう一撃。重たいそれを避けた女が余裕の笑みと共に顔を上げれば、すでにそこに彼の姿はない。
ハッと振り返る女の背後、彼は低く腰を落としながら手にした剣を振るった。勢い付けて斬りつけてきたそれに、女の腕が僅かに緩む。
「あたまさげて……ッ!!」
ふと響いた声に、少女は咄嗟に頭を抱えた。瞬間、驚く女に目に見えぬ音の攻撃が襲い掛かる。
「ガハッ!!」
あまりの音圧に倒れる女。その隙に戸惑う少女を回収するように抱きかかえ後退した彼は、フラフラのまま立ち上がったふくよかな王様に目を向け、「ナイスアシスト」と告げる。
王様は笑った。先のダメージで震える体にしっかりと力を入れ、彼はつよく杖を握る。
「先ほどは失敗しましたが、次は大丈夫です! 必ず、必ず全ての攻撃を防いでみせます!」
「そりゃ、頼りになるね」
二人の会話に戸惑う少女。アメジスト色の瞳を不安げに揺らす彼女に、「大丈夫」と彼は告げる。
「ハクアさんは、もう傷つかなくていい」
「……ヒサシ」
不安げに己の名を呼ぶ少女を地に降ろし、彼は再び剣を構える。
その前方、解けた髪を揺らす女が、忌々しいと言いたげに歯ぎしりをした。憎たらしいと、許せないと、憎悪に顔を歪める女は、まるで鬼の形相だ。
「ヒト如きが……貴様ら如きが、このワシに傷をつけるか……ッ」
ギチリと頬を引っ掻きながら、女は言う。
「うちの仲間を傷つけたからな。仕返しってやつだ」
高瀬はそんな女に、さも当たり前というようにそう返した。
「黙れ腐れ外道が!! 何も知らぬ貴様が美しきを穢すことなど断じて許せぬ!! そも八つ神を弱らせ弱体化させた貴様に仕返しなどという言葉を吐かれたくはないわ!! 返せ!! 返せ返せ返せ!! 八つ神様の力を今すぐ返せッ!!」
「……」
ふっと息を吐き、地を蹴った彼は叫ぶ女の懐へ。目を見開く彼女の腹部に力強い拳を打ち付けると、痛みと衝撃に意識を飛ばした彼女をそっと地に寝かせた。
そうして立ち上がり、剣を仕舞う彼。少女はそんな彼の名を、小さく呼ぶ。
「……怪我は?」
振り返り、問われるそれ。
少女は無言で目を背け、やがて「ない」と一言。「そっか」と笑う彼をちらりと見て、眉尻を下げる。
「聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず、今は治療が先かな? 鉄平くんの……」
「僕は大丈夫です! それよりも、ハクアさんを──」
「契約は破棄しないのよ」
吐き捨てるように、地を見つめながら告げた少女に、話すふたりは目を向けた。突然なにをと、戸惑う王様の傍、彼はじっと少女を見ている。
少女は悔しげに拳を握りながら、ずっと下を向いていた。何かを、何かを必死に堪えるようなその様子に、ふたりは自然と言葉を無くす。
「ハクアは契約破棄しない。折角目が覚めて外に出たのに、すぐ帰るなんてごめんなのね。それに、おまえに力を分け与えようが、ハクアがハクアであることに変わりはないのよ。今日はちょっと油断したけど、本当ならこんな奴すぐにでも──っ!!」
言いながら顔をあげた彼女の頭に、ぽん、と静かに手が乗せられた。思わず固まる彼女に小さく微笑み、彼は一言、疑問を問う。
「さびしかったんだろ?」
「……」
「ハクアさんのこと、まだ俺、全然知らない。でも、すっごく甘えたな女の子ってことは、よくわかる」
人の体温を確認するように、またそれを分けてもらうように、彼女は信頼もしていない彼に身を寄せた。手を繋いだり、膝に乗ったり、抱っこをしてもらったり……。
その行動はきっと、無意識のうちにやっていたことなのかもしれない。きっと、何の考えもなしにやっていたことなのかもしれない。けれど、それでも十分にわかった。わかってしまった。
ハクアという少女が、とてつもなく寂しがり屋で、ちっぽけな、ふつうの女の子だということが……。
「俺さ、まだこの世界のことも、ハクアさんのことも、よく知らない。だからさ、これからいっぱい教えてよ。俺もいっぱい、ハクアさんに俺のこと教えるから。だって俺たち、相棒だし」
言って、へらりと笑った彼。
少女はそんな彼を瞳に写し、ゆらりと美しいその瞳を揺らがせて見せる。
「……ハクアは弱いのよ」
「俺も、鉄平くんもいる。きっと三人でなら強くなれる」
「……できることも、きっと少ないのね」
「それはお互いに補っていけばいいんだよ。それにほら、ハクアさんの頭脳には誰も叶わない、だろ?」
「……たくさん、迷惑かけると思うのよ」
「それはお互い様でしょ」
「……」
黙りこくる少女。つよく、強くワンピースの裾を握る彼女の手をそっと取り、彼は穏やかな口調でこう告げた。
「一緒に行こう、ハクアさん。俺も鉄平くんも、ハクアさんなしじゃきっとすぐお陀仏になるしさ」
「……フン」
少女は鼻を鳴らした。そして、若干赤くなったそれを無視するように腕を組むと、「仕方ないのね」と、そっぽを向いた。それに彼は笑い、王様はわずかに涙ぐむ。
「……ヒサシ」
「ん?」
「ありがと、なのよ」
にこっと笑んだ彼女に、彼は瞠目し、やがてへらりと笑う。
そんな彼らを視界、ぐずぐずと鼻を鳴らす王様は、空気を読まずにチーンと鼻をかんでいた。




