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11.ヒトの罪、その結晶

 空が茜色に染まり、カラスのような何かが空を駆けて鳴き声を上げだした頃。

 一行はようやっと次の街へと到着することができていた。


 道中、謎のスライムに喧嘩を売られたり(白柄木が)、魔獣に追い回されたり(白柄木が)、池に落ちたり(白柄木が)したが、無事にたどり着けて一安心だ。

 ひとりだけズタボロの白柄木が「ヒーヒー」息を整えるのを傍、地面に降ろされたハクアが街の様子を見てこくりと頷く。特に変な気配は感じない、と告げる彼女に深く安堵してから、高瀬はとりあえず宿をとろうと歩き出した。が、そこで彼は違和感を覚えて足を止める。


 なんだか、気持ちの悪い感覚が肌を刺している。

 これは一体……。


「……高瀬さん?」


 声を掛けられ、ハッとした。慌てて振り返った高瀬は、不思議そうに己を見てくる白柄木を見ると、へらりと困ったように笑みを落とす。そして、「な、なんでもない!」と噓をついて前方に視線を戻した。白柄木は目を瞬き、そんな高瀬を凝視している。


「いやしかし、この街は賑わってるな。あっちには美味そうな屋台があるし、あっちにはデザートの店も……あ、鉄平くんはデザート系嫌いだったか。悪い」


「構いませんよ。僕が食べなければいいだけの話ですしね」


「そう? なら良いんだけど……ってあれ? ハクアさんは?」


 確かに今まで傍にいた小さな存在。小柄ながらも異様に目立つ彼女の姿がないことに若干驚きながら白柄木を見れば、彼は笑顔で「お花を摘みに行くと旅立たれました」と言った。

 高瀬が不思議そうな顔をする。


「お花? こんな街で摘める花なんてあるのか?」


「……トイレのことですよ、高瀬さん」


「……ああ」


 一昔前に流行ったやつねと頷く高瀬。白柄木が「高瀬さんってもしや天然……?」などと呟いている。


「……天然云々はいいとして、ハクアさん、ひとりで大丈夫かな? さすがに狙われる可能性のある今、あんまお互い離れない方がいいと思うけど……」


 告げる高瀬。どこか不安そうに「追いかけるかなぁ」と頭に手を置く彼に、白柄木は朗らかに言った。「大丈夫ですよ」、と、


「なんと言っても、彼女は賢神。そんじょそこらの八つ神如きに遅れはとりません!」


「……賢神ってそんなすごいの?」


「はい!」と頷く白柄木。そのやや興奮したような顔を見下げ、高瀬は「ふうん?」と一度頷く。


「賢神……それすなわち八つ神の頭脳……頭を守り、体を失くし、それを代償に選ばれた罪なる子……」


「……どういうこと?」


「……ココだけの話なんですが、八つ神の誕生というのはそれはそれは哀れと言いますかなんと言いますか……」


 白柄木はきょろりと周囲を見回すと、こそりと耳打ち。目を瞬く高瀬に、低く言う。


「八つ神は本来、神への供物……要は”贄”なんです」


「”贄”って……」


「はい。僕も聞きかじった程度の知識しかないんですが、八つ神たちは選ばれし子らであると同時に、ヒトの罪の象徴とも言える存在なんです。──賢神、つまりハクアさんは”知の贄”。知識を貪欲に欲したヒトの手により捧げられた、ヒトの罪の結晶のような子、なんですよ」


 言われて思い出す。過去のハクアの表情、それから彼女が吐いたその言葉を──。


「誰しも、憎しみは消せない。そういうことよ」


 あの時のあのセリフに、いったいどれ程の思いが乗せられていたのか……。

 ハクアは一体、どんな感情で物を言っていたのか……。

 どうして、自分なんかを、認めてくれたのか……。


 ふつふつと湧き上がる思いに、胸がグッと痛みをあげる。それに気づかぬフリをし、高瀬はまだ何かを言いたげな白柄木に目を向けた。そして、口を開いて一言。


「……なあ」


「はい」


「ハクアさんのところに、案内してくんない?」


「え?」と白柄木。不思議そうに「トイレにですか?」と訊ねた彼に、高瀬は首を横に振る。否定するように。

 そして、彼は言った。強い眼差しと共に、白柄木を見つめながら。


「俺の相棒(パートナー)と仲間を、返してもらいたいってこと」


「……」


 高瀬の言葉に、白柄木が沈黙。口を閉ざし黙りこくったかと思えば、彼はやがて、ニタァと笑う。


 ドロリ


 溶けたその顔に、高瀬は「『オープン』」とひとつ。いつものように剣を取り出すと、それを静かに構えてみせた。その間にも、白柄木の溶解は進んでいく。あまりに恐ろしい光景だなと、高瀬は冷静に考えた。


「ヒヒ! いつからバレてたのォ?」


 ドロドロの白柄木の姿の下から、少年のような声が言葉を吐いた。高瀬はそれに、「キミが語りだしたくらいから」と素直に答える。

 声は「なぁーんだ」と残念そうに舌を出した。折角騙せていると思ったのにと紡ぐ彼は、しかしとても愉しそうだ。ケラケラ、ケラケラと笑い続けている。


 ポコン。


 真横で音。目を向ければ、そこにはいつもの画面。

 画面には『悪神クエスト』の文字がでかでかと表示されている。

 そして、その下には詳細も……。


『クエスト名:悪神・ヒセの妨げ

 クエスト内容:悪神・ヒセを撃退し、仲間を救出

 クエスト達成報酬:金貨四千五百マイル+レベルアップボーナス二万pt獲得

 特別報酬:なし』


 横目でそれを確認した高瀬は、静かに腰を落とす。その間にも、溶ける白柄木。しばらくしてだいぶ溶けきったその下からは、ひとりの少年が笑顔と共にその姿を現した。


 橙色の髪に、そばかすの目立つ顔をした少年だ。服装は工場勤めの大人が着ているようなやや色褪せたつなぎ。頭の上に鳥のような仮面を乗せた彼は、ニッと笑いながら背に背負っていた鉄パイプを手にそれをぐるりと回して見せる。


「おれ、悪いことだぁいすき。だからオニーサン、ちょっと遊ぼうぜ?」


 完全にやる気な発言と共に、周りの景色がぐらりと歪む。

 それを尻目、構えたままの高瀬は深く息を吐き、そして、困ったように笑った。


「子供虐める趣味はないんだけど……」


「はは! なにそれ! おれがお前ごときに負けるとでも? 寝言は寝てから言ってくれよな、オニーサン!」


「うーん、小生意気」


 笑って告げ、高瀬は剣を強く握ると、やがて力強く地を蹴った。凄まじい速度で距離を詰めてきた彼に、少年が「おわっ!?」と驚いている。


「なんっつー速度!? おまえ、バケモンにでも成り下がったわけ!?」


 叫ぶ少年。高瀬は告げる。


「違うよ少年。逆だ。おれは“成り上がった”んだよ」


 ハクアという、小さな少女。その存在のおかげで……。


 零すように紡ぐ高瀬に、忌々しいと顔を歪ませる少年。彼は向かい来る高瀬の攻撃を鉄パイプで凌ぎながら、やがて大きく跳躍。後退すると、近場の木の上に着地する。


「おれ、おまえ嫌いだわ」


 冷たく見下げてくる少年に、高瀬は笑った。笑って、彼はこう告げる。


「奇遇だな。俺もだよ」


 跳んだ高瀬が枝を切る。それにより落下した少年が体勢を立て直す暇も与えずその体を吹き飛ばした高瀬は、壁にめり込み目を回す少年を一瞥。ハクアさんたち大丈夫かなと、仲間の身を案じて頭をかいた。

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